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子宮頸がんで来月手術することになっている京子さんは、左腰の上の部分が大きく盛り上がっていた。だが初対面の段階で、私にはもう一つ気になるところがあった。
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子宮頸がんで来月手術することになっている京子さんは、左腰の上の部分が大きく盛り上がっていた。だが初対面の段階で、私にはもう一つ気になるところがあった。
鼻筋の真ん中あたりから、左に向かって鼻がクキッと折れ曲がっているのである。どうして彼女は、こんなに鼻が曲がっているのだろう。男性なら、ケンカでもして鼻の骨を折られたのかと思うところだ。
しかし初めて会った女性に対して、「どうして鼻が曲がってるの?」などと聞くわけにもいかない。ところが彼女は私の目線を察知して、「この鼻、最近曲がってきたのよ」とこれまた明るく話してくれた。
もちろんケンカで殴られたわけではない。転んでどこかにぶつけたこともないのに、体調が悪化し始めたころから、急に曲がり始めたというのだ。
それを聞いて、私は1枚の写真を思い出した。昔、特殊美術の仕事をしていたころ、私はいろんなテレビ番組で美術を担当していた。その一つに、お笑いタレントといっしょに、元アナウンサーのタレントが司会をしている人気番組があった。
だがあるとき、その元アナウンサー氏ががんであることを公表して、番組を降りてしまったのである。私はその少し前に、たまたま彼と並んで写真を撮っていた。そのときも彼はいかにも体調が悪そうだったが、まさかがんだとは思いもしなかった。
しかししばらくしてからその写真をながめていると、彼の鼻が少し左に曲がっているのに気がついた。そんなことはすっかり忘れていたが、京子さんの鼻を見て、あの鼻を思い出したのだ。二人とも左に曲がっているのは、単なる偶然の一致なのだろうか。
がんというのは、人の命を奪うほどおそろしい病気である。そんな重病でも、体の外側からでは全くわからない。病院で特別な検査をしなければ、なかなか発見されないものなのである。
肺がんで亡くなった芳子さんだって、私は毎月のように施術していたから、すっかり体を把握しているつもりだった。それなのに、彼女の体にがんがあるなどとは思いもしなかった。診断から残り1か月の命しかないなんて、あのときだれが想像できただろう。
しかしそれは私が、芳子さんの体を見ているようで全く見えていなかっただけなのだ。見方を変えたら、初めて見えてくることがある。京子さんの体の特徴ががん特有のものだとしたら、ひょっとして体の外側からでもがんの存在を知ることができるのかもしれない。
実は私ががん患者の体を診るのは、芳子さんや京子さんが初めてではなかった。50代の北さんは、私が出会ったときにはすでに乳がんの手術をしたあとだった。その手術の傷が治ったころに紹介されて、定期的に施術するようになっていた。
何度目かの施術の際、彼女が私に、「これってがんの前兆じゃないかしら」と話してくれたことがある。彼女の乳がんが大きくなり始めたころ、急に陰毛に白髪が増えたというのだ。
いわれてみれば、今でも彼女の頭髪は黒々としているから、陰部にだけ白髪が出るのはふしぎである。乳がんは女性ホルモンと関係が深いので、陰毛にも影響するものなのだろうか。
たしかにがんは体にとって一大事である。また、発見されるまでに10年から20年もかかるのだから、その間に何かしら兆候が現れてもおかしくないはずだ。
京子さんの左腰の盛り上がった起立筋や、左に折れ曲がった鼻筋も、私にはがんの兆候の一つではないかと思えてくるのだった。(つづく)
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