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今日は決戦の日だ。私が待ちに待った、新春恒例ブックオフ大セールの日なのである。セールなら、日ごろは手が出ない高額の本だって、「これでどうだッ」とばかりに値引きになる。これはぜひとも参戦せねばならない。
渋谷のセンター街を抜けて店の前に着くと、開店前だというのに、寒空の下、すでに戦士の行列が私を待っていた。本好きというよりも、セドリが目的の人が多そうだ。どっちにしたって彼らに負けるわけにはいかない。
開店と同時に、みな一斉に店内へとなだれこむ。ところが私のお目当てのコーナーにはだれも来ない。人気がないのだろう。ま、それはそれで助かる。おかげでゆっくりと一つ一つの棚を見て、目についた本をどんどんカゴに入れていく。
20冊近くの本で、そろそろカゴが重くなってきた。もうこれで最後の棚だ。そこで、「頭蓋(とうがい)」という文字が書かれた背表紙に目が止まった。
頭蓋は人類学で頭の骨をさす言葉として用いられるから、人類学の本なのか。棚から抜き取って表紙を見ると、『頭蓋の形態変異』とある。めちゃくちゃ硬い題名だ。
よくもまあこんな硬派な本が出版されたものである。どう見ても一般書ではなさそうだ。「え~っと」と見返しの部分を見ると、著者は溝口優司。国立科学博物館所属の人類学の先生らしい。となるとやっぱり人類学の本なのだ。
パラパラとめくってみると、題名の通り、頭蓋や歯の変形を計測した論文集のようだ。私は前から、「アシンメトリー現象」が骨や歯の形にどんな影響を及ぼしているのかを知りたいと思っていた。それならこれは、ズバリ私の疑問に答えてくれる本にちがいない。
運命的な出会いに胸が高鳴る。しかも今日は大セールだから安い。私にも買えるじゃないか。他の戦士に見つからないように、私はそっと本をカゴに入れると、レジに向かった。
今日の戦利品はこの頭蓋の本だ。20冊近い本を抱えていても、期待で足取りが軽い。意気揚々と家に着くと、すぐに読んでみた。
ところがせっかくここまで頭蓋の変形を調べ上げているのに、私の知りたかった情報が出ていない。もう一度すみずみまで読み返してみたけれど、やっぱり載っていなかった。
これだけ手間暇かけて頭蓋や歯型を計測したからには、著者の手元には左右別の計測結果があるにちがいない。それがあれば、左右差に法則性があることだって、数字で証明できるはずなのだ。
これはなんとしても、著者の溝口先生に会って聞いてみたい。でもどうやったら会えるだろうか。一般人がいきなり連絡して会ってくれるものだろうか。
とにかく困ったときには、ネットで調べるしかない。いざとなったら、勤め先の科学博物館に突撃だ。そのためにも、溝口先生の経歴や著作物には事前にぜんぶ当たっておく必要がある。
事務の杉本さんに教えてもらって、先生の名前で検索してみる。するとなんと、科学博物館で一般向けに先生の講演があることがわかった。しかも来週の火曜日。その日なら私もちょうど空いている。おどろきのタイミングではないか。
またしても運命を感じた私は、即座に申し込みをすませると、急いで、先生に質問するための資料の準備を始めた。
講演の当日、天気予報では雨だったが、まだ薄曇りでしばらくは降りそうにない。荷物が多いから助かる。科博に来るのは、あのナスカ展を見て以来である。指定された講義室をのぞくと、すでに2~30人の男性が集まっていた。
ポッカリと空いた最前列の席に荷物を置く。「これでヨシ」。一呼吸して室内をみわたすと、平日の昼間だけあって高齢者が多い。しかもみな顔見知りらしい。お互いにあいさつを交わして、リラックスしたムードが漂っている。
ほどなくして溝口先生が入ってこられた。50代後半だろうか。本の硬いイメージとちがって、温厚そうな雰囲気である。この人なら、私の質問にも答えてくれそうで、ちょっとホッとした。
開始時刻が来ると、先生は「それでは」と告げて、大学の講義よろしく講演が始まった。どうやら今日のテーマは、人類学の初歩らしい。
人類学の本ならよく読むけれど、専門家の講演を聴くのは初めてだ。でも始まったと思ったら、1時間ほどですぐに終わってしまった。
終わるか終わらないかのうちに、何人かが席を立ち、先生のまわりにかけ寄ると、次々に質問を始めた。これはチャンスである。私も彼らの後ろに並んだ。前の人たちの質問が一通り終わったところで、いよいよ私の番が来た。
「次のご質問は~?」
そういいながら、先生は手元の資料から顔を上げた。そのとき初めて私の存在に気がついた。途端に、それまでのにこやかだった表情が一変してこわばった。呆気に取られているみたいだ。
そのわけはすぐに理解できた。私の手には、付箋だらけになった先生の本と、私が集めた分厚い資料が握られている。そして脇には、頭蓋の骨格標本まで抱えていたのである。目の前にそんなヤツが現れたら、だれだってギョッとして身構えるだろう。
先生の目には、私が江戸時代の道場破りにでも見えたかもしれない。それでも、私の質問のポイントをすばやく理解して、しっかりと答えてくださった。その真摯な姿は、さすが専門の研究者だと感じられた。
重ねて質問をつづけると、「今は、あなたのご質問に答えるための資料が手元にないので、後日改めて研究室まで来ていただけますか」といってくださった。なんと懐の深い方だろう。こんな研究者には初めて会った。
もちろんお言葉に甘えて、指定された日に研究室にうかがった。先生は私のために大量の資料をコピーして、できる限りの準備をしてくださっていた。そして先日の私の質問に対しても、前回以上に丹念に答えてくださった。
「もっと詳しい資料がないか、これから探しておきます」
そんなことまで約束してくださったので、私はさらに感激した。やはり優れた研究者というのは、人格も優れているものなのか。ひたすら恐縮して退室した。
私はくじ運は弱いけれど、人との出会いの運には恵まれているんじゃなかろうか。心のなかで、私はもう勝手に溝口先生を師匠と決めた。その師匠の著書は、こんな言葉で結ばれている。
「では、なぜ宇宙が、なぜ時間や空間や物質が生じなければならなかったのか。この問題に対する明快な答はまだ聞かないが、最終的にはここまで明らかにしなければ、我々の形態、すなわち、蛋白質の枠組み構造の形成要因と形成過程も理解された、ということにはならないだろう。これからである」
シビレルッ。
そうだ。「これから」なんだ。先生に比べれば、私の研究なんて始まったばかりだ。まだまだまだまだ「これから」なのである。私は先生のこの言葉を胸に、これからも研究をつづけていこうと誓ったのだった。(つづく)
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