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下田さんが病院での治療を受け入れてくれたおかげで、やっと私も彼の大腸がんとの闘いから解放された。
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下田さんが病院での治療を受け入れてくれたおかげで、やっと私も彼の大腸がんとの闘いから解放された。
あのまま彼が病院での治療を拒みつづけていたら、私はずっと彼のもとへ通って施術をつづけていただろう。それでは、私のほうが先に逝くはめになっていたかもしれない。それほど彼の起立筋には難儀していたのである。
しかしたいへんだったのは、下田さんのケースだけではなかった。私が彼の起立筋と格闘していたころ、あの海外ロケで頭から農薬をかぶってしまった河野くんが、サルコイドーシスという難病を発症してしまったのだ。
会社の健康診断で肺の画像に何かが写っていたので、くわしく調べてわかったことだった。サルコイドーシスというのは膠原病の一種らしい。この病気になれば、完治させるような治療法がない代わりに、急に悪化して死んでしまうこともないらしい。
医学書でそんな記述を読んでみても、それが何を意味するのかはイメージできなかった。そこには原因も不明だと書いてあったが、私にはあの農薬の事故以外に発症の原因は考えられなかった。
あれほど健康だった河野くんが、いきなりこんな体に変わってしまったのである。タイミングから見ても、あれがきっかけだったのはほぼまちがいないはずだ。
農薬といっても、彼がかぶったのは強力な有機リン系殺虫剤である。それは、あのサリン事件で有名になったサリンと同じような作用をもつ猛毒だ。そんなものを全身に浴びてしまって、ただですむわけがない。
私の実感としては、河野くんの体の感触は大腸がんの下田さんに匹敵していた。心配になった私は、河野くんにも何度も刺激を加えてみた。ところが一向に反応はにぶいままで、なかなか痛みに変化してくれない。これには途方に暮れた。
子宮頸がんの京子さんや大腸がんの須藤さんは、どちらもスムーズに刺激に対して反応が出たのに、同じことをやっても全く歯が立たないのである。男性の筋肉が一旦緊張すると、女性とは比べものにならないほど硬くなってしまうものなのだろうか。
それでも何度も河野くんの家に通って、刺激を繰り返していた。プラスにはならないとしても、せめて彼の症状がこれ以上悪化しないことだけを願って、ひたすら刺激をつづけた。
そんなある日、ようやく少しだけ痛みに変化し始めた。河野くん自身も、この変化が体にとっていいことなのがわかっているから、痛みが走るたびに、「ヨシ!ヨシッ!」と喜びの声を上げながら身をよじる。
ふとんの上で、大の男二人が熱のこもったやりとりをしていると、そばで見ていた奥さんは、やや不安気な視線をこちらに向けてくる。だがそんなことにはかまっていられない。私は必死だった。
果たしてこの板みたいに硬くなった体を、以前の柔らかい体にもどすことなどできるだろうか。それができたら、サルコイドーシスも消えてしまうだろうか。それは私にもわからなかった。
ただし、この体の硬さはどう見ても異常なのだ。きっと何らかの悪さをしている。それだけはまちがいない。そしてその原因が、あの有機リン系殺虫剤という毒物なのだとすると、左の起立筋が盛り上がるのも毒物が原因だということになる。
そうなのか。それなら、肺がんだった芳子さんはタバコのニコチンが原因で、大腸がんの須藤さんは毒入りジュースのせいか。子宮頸がんだった京子さんにしても、家計が破綻するほど大量の健康食品をとっていたので、それが原因だったのかもしれない。
では下田さんは何だろう。そういえば、彼の紹介者である寺田さんの周囲は、みんなとんでもない大酒飲みなのを思い出した。アルコールだってヒトにとっては立派な毒だから、下田さんはお酒のせいだったのだろうか。
もしかして、そこには共通した物質が存在している可能性もある。もちろんそれが何なのか私には特定できないし、しくみもわからない。しかしヒトは毒物にさらされると、左の起立筋が盛り上がるものであるらしい。そしてその状態が極まっている人は、がんや難病を発症している気もする。
すると、これはまだだれにも原因が知られていないだけで、サリン事件みたいなものなのかもしれない。そう気づいたとたん、目の前に暗い穴がポッカリと口を開け、私を飲み込もうとしているようだった。(つづく)
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