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やっぱり健太くんのような重大疾患の人に施術するのは、私にはあまりにも荷が重すぎたのだ。それがわかっていたから無償で施術してきたのだが、これは健太くんだけではなかった。子育て中なのに膠原病になってしまった女性や、友人の肝硬変のお母さんなど、病院で「治らない」と診断された人たちはすべて無償にしていた。
もちろん、私にそういう人たちをスッキリと治せる力でもあれば、仕事としてお金をもらうことに何の抵抗感もなかっただろう。だからといって、私の施術に全く効果がないかというとそうでもない。ここが判断がむずかしいところなのである。
先日も、患者の崎村さんから、60代後半の早川さんを紹介された。彼女は30年以上も飲食店を経営していたが、数か月前から腰痛がひどくてお店に立てなくなった。医師からも、「もう店を続けるのはムリだ」といわれて悩んでいた。それを見かねた崎村さんは、私なら何とかしてくれるのではないかと考えたようだ。
崎村さんの車に乗せられて早川さんの家に着くと、彼女の表情がとても暗い。60代の女性といえば元気盛りのはずなのに、早川さんには腰の痛みだけでなく、経営のことも合わせて将来の不安がのしかかっているようだった。体の調子が良ければ前向きにもなれるが、肝心の体がいうことを聞かないのでは暗くなるのも仕方がない。
「背中をちょっとさわりますよ」
横になっている早川さんに声をかけてから、背骨を指でなぞってみる。案の定、大きくズレているところがある。これだ。確かにこれだけ背骨がズレていれば、かなり痛いだろう。原因がわかったので、これなら何とかなりそうだ。
いつもの通り、ズレている背骨をそっと正しい位置までもどしてあげた。ヨシ、これならいいだろう。そう思っていると、本人も「あれ、痛くない」といってキョトンとしている。
今まで何をやっても消えることがなかった痛みが突然消えてしまった。しかも一瞬のできごとである。早川さんは起き上がって少し体を動かしてみたが、やっぱり痛みは消えていた。
これが魔法だろうが何だろうが関係ない。痛みが消えた早川さんは、それはもう大喜びだ。そばで見ていた崎村さんも、時計を指差しながら「まだ3秒ぐらいしかたってない!」といって興奮している。
「すぐお店の準備をしなくちゃ!」
早川さんはそういうと、閉めていた店の再開に向けて忙しく動き始めた。これが本来の表情なのだろう。彼女の顔は輝きにあふれていた。
この光景は、はたから見れば奇跡のようだったろう。しかし私としては、ズレていた背骨を本来の位置にもどしただけだ。それは治療と呼べるほどたいそうなものではなく、ちょっとした手作業でしかなかった。それもたった3秒だ。すっかり痛みが消えたとしても、これでお金をもらうのも気が引ける。
今回はたまたまうまくいっただけで、今の私はいつでも同じ結果が出せるわけではない。場合によっては30分、1時間と時間を費やしても、全く効果が出ないこともある。いくら時間をかけようが、効果がなければなおさらお金をもらいにくい。どちらにしたって、人からお金をもらうのはむずかしい。
こんな悩み自体が無意味だと思う人もいるだろう。だが私には、こういった経験が必要なのかもしれなかった。そしてふと、お釈迦様の托鉢(たくはつ)の話を思い出していた。
お釈迦様は村まで出かけ、各家の前で「私の修行に価値ありと認めるならば、余食を与えたまえ」といって托鉢をして歩かれた。しかし一日中、足を棒にしても、一粒の米すら得られない日もあった。それでも「托鉢は修行のためであり、食のためならず」といって、ひたすら修行に専念されたのである。
私がお釈迦様のように悟れるとも思わないが、それでも何かしらの修行を通して、お釈迦様の悟りに1ミリでも近づきたい。無償で施術することだって、少しは修行になるかもしれない。せっかく軌道に乗っていた特殊美術の仕事を捨てて出直したのだから、この仕事はお金もうけだけの手段にしたくなかった。
それなら難病などの重大疾患や、腰痛程度でも全く効果がなかった人、私よりも収入の少ない人には無償で施術させていただこう。交通費などもいただかないと決めた。
そう決めてはみたものの、私に経済的な余裕があるわけではないから、このシステムは負担が大きかった。しかしその分だけ、私の心にいくらかの救いとやる気を起こさせてもくれた。あえてハードルを高くすることで、施術家としての成長だけでなく、人生の目標にも近づける。そんな気がしていたのである。(つづく)

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