小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:小説

159
患者さんから今日の予約変更の連絡が入った。子供が学校で熱を出して、これから迎えに行くことになったそうだ。自分も腰が痛いのに、そんなことはいっていられない。お母さんはたいへんだ。

予約表を見ると、今日の午後が丸々空いている。久々の午後休だ。私には定休日などないので、患者さんからの予約次第でこうやって唐突に休みになる。

せっかく晴れているから、高円寺まで歩いてみようかナ。車で移動していたころの土地勘と、野生の勘が頼りの遠出である。迷うこともあるけれど、急いでいるわけじゃないから、まっすぐ行けばいいものではない。そういうお散歩だ。

ペットボトルに水をつめて、いつものリュックを背負って、ポクポク歩いていく。渋谷から代々木八幡へ抜けて、中野富士見町まで来た。このあたりで神田川をまたぐことになる。見当をつけて橋を渡っていると、電話がかかってきた。連載している月刊誌の編集長からだ。

なんだろう。いつもはメールのやり取りなので、電話なんかかかってきたことはない。ちょっと胸騒ぎがする。

「実は先生にお願いしている連載が、今月で打ち切りになりまして」
「え、なんで!?」

予想外の内容におどろいて、思わずタメグチになってしまった。

「24回のお約束でしたよね、それがどうして21回で打ち切りなんですかッ?」

つい語気が強まった。こんな急に連載中止だなんて、ワケがわからない。私がいくら理由を聞いても、彼の歯切れは悪かった。「編集会議で決まったことなので」とくり返して、話は終わった。

この雑誌には、「アシンメトリー現象」の特徴を毎月1項目ずつ載せていた。連載当初は編集長も乗り気だったから、見開き2ページでちゃんとプロのイラストレーターまで付けてくれていたのだ。読者からの評判も悪くないと聞いていた。

「それなのになぜ?」

どうにも腑に落ちないが、彼を責めても仕方がない。納得するしかないのだろう。いや、これまで掲載してもらったことのほうに、感謝すべきなのかもしれない。人生は思い替えが大事なのである。ふぅ。

それからしばらくたってから、たまたまこの雑誌の関係者に会う機会があった。彼は「ここだけの話」と前置きして、どうやら私の連載内容が、踏み込んではいけない領域に触れていたらしいと教えてくれた。

医師以外の人間が、医療批判的なことを書くのはタブーである。特にこの雑誌は、ある監督官庁ともつながりが深いので、なおさら中止せざるを得なかったそうだ。

しかし私は全く医療批判などしていない。そんなことを書いたつもりもないし、書くつもりもなかった。ただただ、私が発見した人体の「アシンメトリー現象」の存在を、多くの人に知ってもらいたい一心だったのだ。

どの業界にもタブーはある。知り合いのテレビディレクターが、テレビ業界には踏み込んではいけない領域がいくつもあって、そこにちょっとでも触れてしまうと、番組なんかすぐ打ち切りになると話していた。きっと医学界も同じなのだろう。

特に医学界はエグイと聞いたこともあった。「がんもどき理論」で有名な慶應義塾大学医学部の近藤誠先生も、かなりひどい弾圧を受けていた。

彼は著書で、がんには本物のがんと、がんに似たがんもどきとがあって、本物のがんは治療しても治らないし、それががんもどきなら、治療しなくても死なない。だから、どっちにしてもがんの治療はムダだと書いて、大ヒットした。

案の定、「がんもどき理論」は、医学界から総スカンを食った。医学の常識を全面的に否定するものだったので、今でも徹底的に批判されつづけている。医療批判は、医師がやってもダメなものなのだ。

それでも彼の出す本は、ことごとくベストセラーになっている。医学界からどれほど批判されても、職場で全く昇進できなくても、彼は自説を曲げようとはしない。出版社だってしっかり彼を後押ししている。それもこれも、ベストセラーの威力あらばこそだろう。

一方、私には権威や後ろ盾どころか資格すらない。治療家と自称することさえ許されない民間の療法家にすぎないから、アッという間に吹き飛ばされて終わってしまった。

終わったといっても、これが大昔だったら、生き埋めか火あぶりにでもされたかもしれない。そう思うと、連載中止ぐらいですんだのは幸いだったのだ。

それにしても、近藤先生の「がんもどき理論」はおもしろい。私も、がんと診断された人を診ていると、「この人って本当にがんなの?」と思うような体の人がいて、首をひねることがある。

ふつう、がん患者の体には、「アシンメトリー現象」がクッキリと現れているものなのに、がんと診断されていても、「アシンメトリー現象」が全く出ていない人がたまにいる。あれは、がんもどきだったのだろうか。

興味が深まった私は、近藤先生の本だけでなく、彼の理論に対する批判本の類も一通り読んでみた。

ベストセラー本の批判をした本も、そこそこ売れるから出したがる人は多い。「柳の下の二匹目のどじょう」を狙う出版社にも好都合だ。理論がどうこうよりも、出版社としては、話題になって売れればいいのである。

では、「がんもどき理論」の批判ポイントとは何だろう。「がんの治療など一切不要だ」とする点はもちろんだが、がんとがんもどきをどうやって区別するのか。そこも大きな批判の対象になっている。

批判する側は、両者には遺伝子のちがいがないのだから、がんもどきなど存在しないと考える。たしかに、がんとがんもどきのちがいは転移するかしないかだけなので、まだ転移していない初期のがんでは、近藤先生だって判別できない。

しかしここで、「アシンメトリー現象」が現れているかどうかを、判断基準に加えたらどうなるか。

「アシンメトリー現象」が出ていれば、そのがんは本物のがんだ。出ていなければ、それはがんではない可能性がある。もしこれが正しかったら、「がんもどき理論」のウイークポイントを補完できるのではないか。

そうはいっても、仮に私がそんなことを発表したら、本当に火あぶりになりそうだ。私は近藤先生ほど肝が座っていないので、医学界に真っ向から楯つくほどの勇気はない。

でも、「アシンメトリー現象」の有無が、がんの診断に役立ちそうな点には、かなりの自信がある。もう少し「アシンメトリー現象」の研究を進めて、しっかりとデータにまとめることができたら、そのとき近藤先生に会いに行こう。(つづく)

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158
2日間にわたる「神の手千本プロジェクト」第一弾、「腰痛講座」が無事に終了した。お世話になったサポートの先生たちといっしょに今から反省会、という名の打ち上げだ。向かった先は池袋駅近くの居酒屋「天狗」である。

素人さん相手の講習会は初の試みだったから、教える側も緊張した。だが、全国から集まった参加者さんたちは、たった2日でみごとに矯正の技をマスターしてくれた。そしてお互いに再会を約束して、それぞれが神の手への道を歩み始めたのだ。

「でもこんなに短時間で、素人がかんたんに技術を習得しちゃったら、そのうちプロの治療家なんか、要らなくなっちゃうのかもしれないっスね」

最初のビールがそろそろ終わりに近づいている。大外先生は次に頼む焼酎を選びながら、メニューに目を落としたまま真顔でつぶやいた。

そうかもしれない。矯正をマスターした人が家庭や職場にいれば、腰痛程度ならその場で治してもらえる。それはすなわち、患者さんが治療院に来なくなることを意味しているから、プロの治療家にとっては死活問題にもなりかねない。

だが、そんな後ろ向きな発想ではイカンのだ。これからのプロは、直接患者さんを治すのではなく、素人さんたちに治し方を教えるのが仕事になればイイと思う。

学校の保健体育の時間や職場の新人研修、カルチャーセンターあたりで、みんながこの手技を習うのが当たり前になれば、指導者のニーズはいくらでもある。さらに、プロを自負するのであれば、素人では治せないむずかしい症状だけ引き受ければいいのだ。

そのためにも、これからはどんどん指導者を増やしていかねばならぬ。それがわれわれの使命なのである。そんな未来を語っていたら、いちばん若手の森本先生が身を乗り出して、「じゃ、講習のDVDも作ったらいいンじゃないスか」と提案してくれた。

そうか、DVDという手があったか。
世の中には、治療家のDVDがたくさん出回っているのは私も知っていた。今回の講習会の募集をかけたときにも、地方での開催予定はないのかと聞かれたくらいだから、遠隔地の人はDVDで学べたら便利だろう。

「よ~し、ソレやろうそれ!」

手技の普及に向けて、みんなも大いに盛り上がっていた。とはいえ、こういう話はだいたいが酒の席だけのものである。私もDVDのことなんか、すっかり忘れて1週間が過ぎた。

今日も治療院での施術が終わったところで、打ち合わせのために杉本さんがやってきた。事務的な用事がすんで私が一息ついていると、杉本さんが突然、「近いうちに、先生のDVDを出すことになりました」という。

「ハ?いつのまに?」

彼女の話が唐突なのは毎度のことだが、さてなんと答えたものか。一瞬考えていると、「つきましては、タイトルには先生の療法の名前が必要なので、名前、考えてください」とつづけた。

どうやらあの反省会の席での話が、杉本さんサイドではすでに具体的に進められていたようである。それはありがたい。もちろん私も、新しいことにチャレンジするのは大賛成だ。

しかし名前か~。そういえば、私の手技にはまだ決まった名前がない。税務署相手には「整体」と書くしかなかったが、「整体」では東洋医学になってしまう。私の理論はあくまでも現代医学がベースなので、違和感が強い。

だが単なる「背骨の矯正」では、いかにもオリジナリティーに欠ける。そこでしばらくの間、「形態矯正」と名乗っていた時期もあった。

「形態矯正」は、人類史上最大の天才と自称していた、かのゲーテが考案した「形態学」からとった名称だ。これはこれでわかりやすかったし、ムサビの関口先生も、「オ、その名前いいじゃないか」と気に入ってくれていた。

ところがいざ、「形態矯正実践集中講座」なんて書くと、とにかく漢字だらけで硬すぎる。こういう名称は、柔道整復師とかの国家資格者には受けがいいけれど、とっつきにくそうで一般の人からは敬遠される。

「名前っていわれてもな~」と私が頭を抱えていると、杉本さんはさっさと見切りをつけて、ネットで何やら調べている。

「えーっと、形態学はモルフォロジーですから、モルフォロジーに基づいた療法ということで、モルフォセラピーではどうですか」

お、横文字ときましたか。モルフォセラピー、モルフォセラピー、略してモルセラ。何度も口に出してみた。いいにくくはないし、響きも悪くない。なんとなく文字ヅラの印象がやわらかいのもイイ。私は即座にOKした。

これで私の療法にもやっと名前がついたのだ。ヤッタ!だがのん気に喜んでいる場合ではない。杉本さんからは、来週までにDVDの撮影用の台本を考えてくる宿題が出た。

その台本を元にして、撮影監督と打ち合わせをすることになっているそうだ。監督に台本なんて映画みたいじゃないか。しかもその監督は、映画館で上映されるレベルの映画を作っている人らしい。それを聞いてちょっと緊張してきた。

私がまたまた「うーん」とうなっていると、杉本さんは「あの腰痛講座のときに作ったテキストに沿って、組み立ててみたらイイんじゃないですか」と助け舟を出してくれた。

それならできそうだ。これで神の手千本プロジェクトに向かって、またまた大きく前進できる。目の前が明るくなってニヤついていると、杉本さんは、「この手のDVDは大して売れませんので、あまり期待しないように」と釘をさす。

でも、でも、たとえDVDが1枚しか売れなくたって、その1枚から伝わった人が、大きく広めてくれるかもしれないじゃないか。DVDなら、国内のどこでも、いや海外にだって広まっていく可能性もある。

私には、このモルフォセラピーのDVDが世界中に羽ばたいて、千本の手に届けられる未来が見える。期待するなといわれても、やっぱり無性にうれしくなってしまうのだった。(つづく)

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157
アパートを出ると、今朝は快晴である。見上げると空が青い。2月のキーンと冷えこんだ空気に、吐いた息が白かった。今は冬の底だけど、春が近い気もしてちょっとうれしい。今日は池袋で、私の5回目の講習会が開かれる予定なのである。

これまで4回開催した講習会では、施術のプロが対象だった。ところがいざふたを開けてみると、キャリアの浅い人ほど新しい技術の習得が早そうなのだ。これは私だけでなく、補助についてくださった先生方にとっても意外なことだった。

「素人相手の講習会をやったら、おもしろいかもしれないですね」

4回目の講習会のあと、大外先生がそう提案してくれた。たしかに背骨のズレを矯正するだけなら、別にむずかしい技術ではない。勘のいい人なら、すぐに覚えてしまう。

プロ講習会の参加者のなかには、講習会の翌日、背骨のズレを矯正してあげた患者さんから、「先生って神の手ですね」といわれた人もいる。

神の手っていわれるなんてスゴイ。そのやり取りを横で聞いていた杉本さんが、「そんなに習得が早いのなら、神の手を大量生産できますね」といってフッと笑った。

神の手大量生産か、なるほどそれはいい。千手観音という神様がいるけれど、千手観音を1人作るより、5百人がマスターして、神の手が千本になるほうが現実的である。それだけ増えれば、日本中の腰痛患者が救われるじゃないか。

ああワクワクする。おもしろい。杉本さんも、「では、神の手千本プロジェクトですね!」と大乗り気である。なんだかプロジェクトXみたいで、中島みゆきの歌が聞こえてきそうだ。うれしくなって補助の先生方といっしょに盛り上がった。

そこで、神の手千本プロジェクトの手始めとして、まずは家庭で腰痛を治すための「腰痛講座」をやってみることに決まった。今回もメールマガジンで参加者を募集してみると、施術を受けたことのある患者さんたちも、大勢申し込んでくれた。地方からの申し込みもプロ講座以上の反響だ。

なかには、「娘が腰痛で苦しんでいるから、なんとかしてやりたい」というお母さんからの申し込みもあった。メール担当の島崎先生は、「それならその腰痛の娘さんも連れてきていいですよ」と返信してしまったらしい。

武闘派の大外先生とちがって、どこか文学青年風の島崎先生らしい、細やかな対応である。だが、ふつうこの手の講習会で、実際の患者さんを同伴していいなんて話は聞いたことがない。もしもその場で治らなかったら、信用失墜もいいところだ。

まあ、そんなことは百も承知でOKを出したのだから、島崎先生はよほどこの手技の実力を信頼してくれているのだろう。それはそれでありがたいことである。

開催にあたって、今回は大外先生や島崎先生だけでなく、プロ講座の修了生たちも補助についてくださった。なにせ、体のことなど何も知らない素人さんが相手なので、先生の数は多いほうが安心だ。

早めに会場についた私は、今日のテキストを見ながら段取りを考えていた。もうそろそろ時間だナと思って顔を上げると、部屋のすみにムサビの会田先生がいた。開催日程は伝えてあったけど、来られるかどうかは聞いていなかった。

先生は、「自分の体を献体として使ってくれ」といって、講習会のあるたびに、律儀に毎回参加してくださっている。いわば私の応援団長であり、保護者みたいな存在でもあるのだ。

その先生の隣に、どこかで見たことがある人が座ってニコニコしている。あれは、ムサビの関口先生じゃないか。あわててあいさつに行くと、「今日は見学させてください」といって、私に向かって頭を下げた。相変わらず腰の低い人である。

そうこうするうちに開始時刻になった。私が「では」といいかけると、あの腰痛の娘さんが、お母さんに支えられてやってきた。そして入室するなり、「早く座らせてっ」と悲鳴にも似た声を上げたので、室内に緊張が走った。

あまりにつらそうなので、とりあえず治療台の上で横になってもらった。すぐにでも治してあげたいけれど、ここはぜひともお母さんの手でやってもらいたい。

「このまま眠ってしまっても、立って歩き回ってもらってもかまいませんので、なんとか午後までがまんできますか」

そう私がたずねると、お嬢さんは目を固くつぶったまま、しっかりとうなずいた。

午前中は、私の施術方法の概要を伝える座学である。午後からは、みなさんお待ちかねの実技講習だ。最初に背骨のズレの見つけ方を伝えて、それからそのズレを矯正していくやり方を伝える。

手順がなんとなくわかったところで、いよいよ実践だ。先生と参加者とでペアになってやってもらうと、みな呆気ないほど短時間で矯正ができるようになっていく。やはり大外先生の予想通り、プロよりも飲み込みが早い。

実は、「自分はできる」と思っている人ほど上達が早い。「できない、できない」と思い込むタイプの人は、なかなか矯正がうまくいかない。この傾向は、プロでも素人でも同じだった。

あのお母さんはどうだろう。手元を見ると、スムーズではなくてもちゃんと矯正ができているのがわかる。そこでおもむろに、「では、お母さん、お嬢さんの腰痛を治してあげましょう」とうながすと、改めて室内に緊張が走った。

朝から腰が痛くて泣き顔のまま待っていた娘さんに、起き上がって座った状態になってもらう。腰痛がひどいと起き上がるのも一苦労だ。彼女の後ろに回ったお母さんは、今、習った通り、娘の背骨の両脇を指先でなぞってズレを探す。

指が止まったところで、「これ?」といって、自信なさげに大外先生の顔を見る。大外先生が「ウンウン」とうなずく。遠巻きに見ていた他の先生方も、大きくうなずいている。

それを合図に、お母さんは恐る恐るズレた背骨に左手の親指を当て、その下の背骨に右の親指を当てて、ソーッと動かした。その光景を、先生方も参加者たちも、みな固唾を飲んで見守っている。

お母さんは、同じ動作を何度かくり返した。もうよさそうだ。私が「じゃ、立ってみてください。腰の具合はどうですか」とお嬢さんに声をかけた。

すると彼女は、「あ、痛くない!痛くないよ、お母さん。ありがとう!」といったのだ。一瞬、「サクラか?」と思うほどのドラマティックな展開に、室内はどよめいた。それから、みなの顔が一斉にほころんだ。2人の参加をOKした島崎先生も、おおいに満足そうである。

この瞬間、「腰痛は家庭で治す」という理想に向かって、神の手千本プロジェクトが、大きな一歩を踏み出したのだった。(つづく)

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156
私の治療院は、渋谷の宮益坂を上がった先にある。今日は、ムサビの会田先生が定期点検に訪れる日だ。ひとわたり体を調べてみたが、今日も特に悪いところはない。ちょっと腰の骨がズレているくらいのものである。

「大丈夫そうですネ。これならまだまだ死にませんヨ」

私がそういうと、先生は「じゃ、また一杯行くか?」といって、ニカッと笑った。その一言を合図に、私もそそくさと着替えをすませると、先生の後につづいた。

向かった先は、宮益坂の交差点の前にある、そば処「平野屋」である。店内に入ると、いつもの席に陣取って、いつもと同じ「ほろ酔いセット」を注文する。これがいつものパターンだ。会田先生も私もおじさんだから、「いつもの」が大好きなのである。

この店は、渋谷駅前の一等地の1階にあるわりに店内が広い。そしていつ行ってもガラーンとしていて客が少ない。

「こんなんでよくやっていけるナ」
「きっとこのビルのオーナーが、税金対策のために赤字で経営してるんでしょう」

毎度、そんな会話をくりかえしている。失礼な客だ。それでも、じっくりと腰を据えて話をするには、静かで好都合な店だった。しかも安い。これが私には何よりもありがたかった。

初めて来たときは先生におごってもらったから、次は私がおごった。今では交互におごり合っている。そんなことができるのも、この店の安さのおかげなのである。

今日も、「ほろ酔いセット」は出てくるのが早かった。いい店だ。早速、先生はコップの酒をこぼさないように口元に運び、グッと流し込む。そして酒がノドを通過していくのを楽しんだあと、「その話を学生たちにも聞かせてやってくれないか」といった。

ちまたでは、「こうすりゃ体にイイ」という話ばかりがあふれ返っている。だけどホントのところ、そんなモノが本当に体にいいのかどうかは疑わしい。逆に、確実に体に悪いものなら、いくらだって挙げられる。放射線でしょ、薬でしょ、重金属に添加物、そして酒・・・。

そんなことを、酒の勢いを借りてしゃべっていたのだ。先生はそれが気に入ったらしい。

「最近の学生は半病人みたいなのが多くてナ、ろくに授業にも出られンのだヨ」
「へえ、今ってそうなんですか」

私は相づちを打ちながら、先生の空きかけたコップに酒を足す。先生はコップに目を落としたまま、日ごろ気になっている学生たちのことを話し始めた。

「君のいたころとは、全くちがうんだヨ。なんとかしてやりたい。なんとかしてやりたいんだが、体のことまではなかなか・・・」

そういって大きなため息をつくと、また一口、酒を流し込んだ。

昔っから会田先生は学生第一の愛情深い人である。講師のころから、学生のためなら教授陣と戦うことも辞さず。そんな熱血漢でもあった。おかげで私も、どれだけお世話になったかわからない。そんな先生からの頼みとなれば、私は二つ返事で引き受けた。

それから2週間ほど過ぎたころ、私は先生の民俗学の授業で、学生たちに体や健康の話をすることになった。だがここを卒業してから、もうかれこれ20年以上過ぎている。20年もたてば、学生気質も大きく変わっているだろう。果たして今の学生たちに、私の話が伝わるのだろうか。

そもそも私は、人前で話すのが得意なわけではない。友だちの結婚式のスピーチで、「次はもっとうまくやります」などといってしまったぐらいだから、はなはだ心許ない。だが、人体にはプロとして真剣に関わってきた。その経験で得た知識だけでも、今日は伝えて帰ろう。そう決めていた。

しかしいざ健康の前提となる体のしくみについて話し始めてみると、予想に反して学生たちの反応がすこぶるいい。ちゃんと伝わっている手応えがある。特に、私が美術で培ったテクニックを医学に応用したという話は、今の彼らにとって新鮮な驚きだったようだ。

私もかつて苦しんでいたからわかる。美大生だったらみな、何らかの新しいアート、自分独自のアートを必死に模索しているものである。彼らは突破口を求めてもがいている最中なのだ。

そこであえて、目の前のアートそのものから視点をずらしてみる。そのとき初めて見えてくるものがある。そこに新たなアートが生まれる可能性がある。それを感じ取ってくれたのかもしれない。

私にしても、施術を生業にしたことでアートを捨てたつもりなど毛頭ない。今では、人体のしくみを極めることが私のアートだと思っている。

人の体を見るとき、左右対称かどうかの視点で眺めてみる。そこには思わぬ発見がある。私の毎日は発見の連続で、実にエキサイティングなのだ。私がつい興奮気味にそこまで話すと、学生たちはさらに前のめりになった。

よし。これなら、実際に私が美術家の視点で発見した「アシンメトリー現象」について、もっと踏み込んで話してみよう。

「それでは、人体のアシンメトリー現象を、一つずつ具体的に見ていきましょうか」

そういいながら、学生たちといっしょに最前列で私の話を聴いていた会田先生に目をやった。私の視線を受けて、先生は「ホイ来た」とばかりに立ち上がる。事前に打ち合わせしていたわけでもないのに、それはもう阿吽の呼吸ってヤツだ。

先生は教壇までやってくると、サッと作務衣の裾をたくし上げ、学生たちに背中を向けた。そして自分の盛り上がった左の起立筋を、「どうだ」とばかりに誇示している。その一連の動きは、どこかイナセなおあにいさん風である。

「ホラ、ボクの背中のここんところが左だけ盛り上がってるだろう。これがアシンメトリー現象なんだ。もっと近くで見てみろ、触ってみろ」

会田先生がうながしても、ふつうの学生なら少したじろぐシチュエーションである。ところがさすがムサビの学生だ。ノリがいい。先生のまわりに群がると、遠慮なく先生の背中をツンツンつついたり、ベッタベッタと触りまくったりしている。

はたから見れば子どもの遊びみたいだが、こうやって、見るだけでなく触れてみることは思いのほか重要だ。彼らには、じかに生身の人の体を感じ取るいい機会になったはずである。考えてみれば、これぞ美大の授業って感じじゃないか。

それにしても、「アシンメトリー現象」なんて、だれだって見ればわかることなのに、どうしてこれまでのアーティストたちは、だれも気づかなかったのだろう。

それはもちろん、目の前の対象をしっかり見ているつもりでも、脳のフィルター越しにしか見ていない。つまり見えていなかったからなのだ。だがちょっと視点を変えるだけで、見えていなかったものが突如として見えるようになる。

そう説明すると、学生たちの目は一層輝いた。彼らの表情を見ていると、ひょっとしたら「アシンメトリー現象」は、医学よりも美術方面から火の手が上がるのかもしれない。そんな希望が見えてきた。

おかげで私は、気分よく授業を終えることができた。私を呼んだ会田先生の期待にも、少しは応えられたと思う。足取りも軽く教室を出ると、例の関口先生にバッタリ出くわした。

私が授業で話す予定だったのを、会田先生から聞いていたのだろう。「オ、今終わったのか。今度オレのゼミでも学生たちに話してくれよナ」というと、そのままスタスタと歩き去っていったのだった。(つづく)

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155
渋谷駅のホームに駆け上がると、電車は今出たばかりだった。まあいい。山手線は間隔が短いから、すぐ次が来る。焦る必要はない。

ホームに立って息を整えていると、線路の向こうに貼ってあるポスターに目が止まった。そうか。上野の博物館でナスカ展が開催中なのか。テレビもないし、新聞も取ってないから知らなかった。

ポスターのすみには、つぼ型の土器の写真が載っている。赤茶色のつぼの表面は、レリーフ状の人の形になっていて、その顔を見た瞬間、私は息が止まった。

「こ、この顔ってもしや?」

鼻筋が極端に左に折れ曲がり、口角も左側が上がっている。それはもう、ものの見事に、「アシンメトリー現象」が表現されているのである。

これは適当にイメージして造ったものではない。明らかに、モデルの顔に似せて造られたのだ。そうでなければ、ここまで特徴をつかんだ似顔絵みたいな表現にはならない。それが私にはわかる。

当時、でき上がったばかりのこのつぼを見せられた人たちは、「おい、アイツにソックリじゃないか!」といって大笑いしたにちがいない。

それにしても二千年も前のつぼに、「アシンメトリー現象」が表現されているとはおどろきだ。以前、岡本太郎が縄文時代の火焔土器を見て、「あの時代にオレの作品をマネしたヤツがいる」といった話を思い出す。

地球の真裏の南米ペルーで、しかも大昔のナスカの時代に、私と同じ発見をした人がいたのだろうか。そう思うと感慨深い。これはぜひとも上野に行って、この陶工と語り合わねばならぬ。

翌日、勢い込んで上野の博物館に出かけた。だが平日にもかかわらず、館内は人でごった返している。これはどういうことだ。そんなにナスカは人気なのか。

「上野の人混みはアメ横だけでたくさんだッ」

声には出さずにブツブツ文句をいいながら、大勢の人をかき分けて前に進む。すると会場の中ほどに、お目当てのつぼが鎮座して私を待っていた。

このつぼはポスターに載るほどだから、今回の展示ではスター格である。そのはずなのに、みなチラッと一瞥しただけでサッサと通り過ぎていく。これ幸いと、私はすかさずつぼの真ん前に陣取って、じっくりと観察させてもらうことにした。

やはりつぼの実物を見ても、私がポスターを見て感じたことはまちがっていなかった。この顔は、陶工の技術不足のせいで、たまたまゆがんでしまったわけではない。彼は意図的に、顔の形を変形させているのである。これは私にとっては大発見だ。

つぼの前で考え込んでいると、次第に私の周りに人だかりができ始めた。さっきまでは私一人だったのに、今ではみなが「私の」つぼをしげしげと見つめている。

「アァうっとうしい。アメ横にでも行きやがれッ」

もちろん口には出さない。でも、私のところで流れが滞留するのも迷惑だろう。気を取り直して他の展示も見ることにした。

あのつぼから離れてみると、なんと他にも顔を変形させたつぼがある。それらもみな、鼻を左に曲げてあるではないか。これも同じ人をモデルにしたのだろうか。

展示ケースの脇にある小さな説明書きを読むと、それぞれの制作された時期は、全く別の時代だった。つまり鼻を左に曲げた表現は、時代を超えているのである。これまた大発見ではないか。

それじゃナスカでは何世代にもわたって、鼻が左に曲がった人がたくさんいたのだろうか。ひょっとしたら彼の地では、鼻は左に曲がっているのが当たり前だったのかもしれない。うーむ、ますますおもしろい。

さらに他の展示物を見ていくと、私の足が一点の頭蓋骨の前で止まった。これはトロフィーだ。トロフィーというのは、戦で敵の首を切り落としてミイラにしたものだ。ミイラとはいっても、もうほとんど骨だけの状態になっている。

その頭蓋骨は、あのコペルニクスやうちの骨格標本のジェームスくん同様、左半分が変形していた。これは決定打である。やっぱり古代ナスカには、「アシンメトリー現象」の顔をもつ人がいたのだ。

逆に、どっちを向いても「アシンメトリー現象」の人だらけだった可能性もある。だからこそ、当たり前のようにつぼにだってそのまま表現されているのだろう。

ナスカといえば、地上絵で有名なミステリーゾーンである。そこに新たなミステリーが加わったのだ。ひょっとしたらこれは、人類学的にも大発見かもしれない。

「アシンメトリー現象」はいつから人類に現れたのか。この問いの答えに向かって、これでまた一歩近づけた気がした。(つづく)

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