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プツッ。
トイレの灯りを点けたら、音がして電球が切れた。私一人のときなら、トイレのドアを開けたまま用を足せばいい。でもさすがに患者さんはそうはいかない。
今ならちょうど時間があるから、駅前のビックカメラまで行ってこよう。電球なんか近くのコンビニでも売ってるけど、できるだけ安いのを買いたい。
ビックカメラは平日の朝だとまだ空いている。コンビニで1個買うよりも、さらに安い2個セットの電球を買った。これでまた切れても安心だ。目的が達成できて、小さな満足感が広がる。
さあ、混んでくる前に帰ろう。用事がすんだ私が宮益坂を上がっていると、少し前を歩いている女性に目が止まった。
「お!あれは瀬戸さんのお母さんじゃないか。今日って来院の予約が入ってたっけ?」
早足で追いついて、追い越すときにそっと横目で見たら、ぜんぜんちがう人だった。背格好と歩き方が似ているだけだ。でも後ろ姿は本当にソックリだ。そこでふと、ここのところ彼女の顔を見ていないことに気がついた。
瀬戸さんのお母さんの貴美子さんは、「腰が痛い」とか「膝が痛い」とかいっては、毎月のように私のところに通ってこられていた。ところがこの半年ほどは、来院されていなかったのだ。
うちに連絡がないのは元気な証拠だろう。きっと最近は体調がいいにちがいない。そんなことを考えていたら、息子の瀬戸さんが急な腰痛で来院することになった。
「お母様は、お元気?」
施術が終わったタイミングで彼にたずねてみると、
「いや~、それが最近、急に認知症が進んじゃって」
といって顔を曇らせた。私はそれを聞いて少なからずおどろいた。そうか。あの貴美子さんが、認知症になっていたのか。
彼は母親と二人暮らしなので、自分の外出中のことが心配らしい。一人で勝手にふらふら外に出て事故にでもあったらどうしよう。火の不始末だって気になる。そこで今、専門の介護施設を探しているところなのだという。
半年前に貴美子さんが来院されたときには、それらしい気配などなかった。ふだんと変わらず、都会のマダムっぽく身なりも整えておられたし、話ぶりだってよどみがなかった。だから私には、この変化がちょっと意外だった。
たしかに、貴美子さんだってもう80代も半ばを過ぎている。その年齢なら認知症になってもおかしくはない。認知症は急に進行することもあるから、高齢者にとっての半年は短い期間ではなかったのだ。
認知症というのは、ごくわずかな変化から始まる。おしゃれだった人が急に身なりに構わなくなったり、食べ物の好みが変わったりする。同じ物ばかり買ってくることはだれにでもあるが、それも度を越すと認知症だ。
そういえば、貴美子さんとうちの母は同い年だったはずだ。私の母は、「体調が悪い」といってはビッチリお化粧して、おしゃれな格好でいそいそと病院へ出かけていく。そして帰りには、病院の近くのデパートに寄って、同じ物というよりも、買いたい物をちゅうちょなく買ってくる。これが毎度のパターンだ。
母の行動を見ていると、病院とデパートと、どっちが目的だったのかわからなくなる。貴美子さんにも似たところがあったから、どうもあの世代には、何か共通した勢いがある気がしていた。
私なら、体調が悪いときには家で寝ていたいものだが、そこがちがう。朝起きて調子が悪いとわかると、逆にスイッチが入るみたいだから、根本的に元気なのだ。しかも母も貴美子さんも、「私は子供のころから体が弱くて」が口癖なのもそっくりだった。
そういう状況のせいか、私は母の体調に関してはかなり客観的に見ている。しかし私とちがって気の優しい瀬戸さんは、大切なお母さんが認知症になってしまったことに、かなり落ち込んでいる。
「半年前はあんなにお元気だったのにね」
と声をかけると
「いや、先生、オフクロは頭はボケてるけど、体は元気なんですよ。前みたいにあっちが痛い、こっちが痛いっていわなくなっただけで」
瀬戸さんは、力なくそう答えて目を伏せた。お母さんゆずりの長いまつ毛を伏せると、彼の目に濃い影ができた。
その話を聞いていて、私には思い当たることがあった。貴美子さんの他にも、同じような患者さんが何人かいたのだ。
腰やら膝やら、あっちこっち背骨のズレで症状を頻繁に訴えていたのに、なぜかあるときからピタリと「痛い」とはいわなくなる。高齢者の場合、これは認知症が進行した兆候の一つなのだ。
だが認知症だからといって、背骨がズレなくなるわけではない。調べてみるとズレはある。ズレがあるのに、そのズレによる痛みを感じなくなっているのである。
その一方、打撲や骨折の痛みなら、ちゃんと感じるものらしい。原因によって、痛みの感じ方がちがうのだろうか。この回路のちがいは、私にはたいへん興味深かった。
では背骨がズレていても、痛みを感じなければそれでいいのかというと、そういうわけではない。ズレの影響は、運動機能の低下としても現れるのである。
たとえば背骨がズレていると、関節を動かせる範囲が狭くなるし、曲がりにくくもなる。力だって入りにくい。その結果、歩行機能などが低下してしまう。するとますます認知機能の衰えに拍車がかかる。だからできることなら、背骨のズレは矯正しておいたほうがよい。
でも認知症になると痛みを感じにくくなるのは、きっと自然なことなのだろう。旅立ちを前にして、できるだけ苦痛を減らしてあげようという、神様のお計らいなのかもしれない。私はそんなふうに思うことがある。(つづく)
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