小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:整体

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渋谷を歩いていたら、宮益坂の途中で、色や形が左右でちがう服を着た女性とすれちがった。「妙なカッコだな~」と思って杉本さんに話すと、あれはアシンメトリーファッションといって、若い女性の間で流行っているのだと教えてくれた。

あれが新しいファッションだったのか。いつだって最先端のファッションてのは、奇抜なのがウケるんだナ。だけどどんなに奇抜でも、以前なら「左右は同じ」ってのが洋服としての基本じゃなかったか。

ところがアシンメトリーファッションは、その常識を覆して見せたのだ。そこが斬新でウケたのだろう。だがいくら新しくても、それで見栄えがするとは限らない。果たしてあのファッションで、かっこよく見える人なんているんだろうか。

どうも着心地が悪そうだし、左右非対称なのは見ているだけでも落ち着かない。朝寝坊した人が大急ぎで支度して、駅に着いてから足元を見たら、左右でちがう靴下を履いていた。「アチャ~」。そんな感じである。

たかが着る物でもこれだけ違和感があるんだから、体の形が左右非対称の人は、きっと落ち着かないだろうな。そこまで考えたとき、「あ、これだ!」とひらめいた。

今まで、私が発見した左起立筋の異常や、背骨が左にしかズレない現象には呼び名がなかった。つまり、発見した私がこの現象に名前をつけなくちゃいけなかったのだ。

それなのに、いくら考えてもなかなかいい名前が浮かばない。左側に現れるから、最初は「レフティー現象」はどうかと考えていた。しかしこの現象は左側に現れるといっても、すべて左なのかどうかはまだ断定できない。

この現象の原因が特定できていない以上、ひょっとしたらこれから右側だけの人も見つかるかもしれない。そうなったら、「レフティー現象」ではちょっと都合が悪い。

その点、単に左右非対称を意味する「アシンメトリー」なら、例外があってもそのまま使える。これはいいかもしれない。イケそうだ。われながらナイスじゃないか。

早速、ご意見番の杉本さんに恐る恐る聞いてみる。彼女にはメールマガジンや出版で、私が書いたものを編集してもらっているから、まずは彼女がどう感じるかが問題なのだ。

彼女は、「アシンメトリー現象、アシンメトリー現象」と何度も口に出して、言葉の響きを確かめている。それからおもむろに、「ン、いいですね。ソレでいきましょう!」といってくれた。

ヤッタ!
なんたってネーミングは大事である。新しい商品は、ネーミングだけで売れ行きが大きくちがうものだ。本を出すときなどは、中身なんて関係ないぐらい、ネーミングとしてのタイトルが重要だ。

かつて発見されたどんな現象も、名前がなければ、その存在はだれにも知られることがないし、価値も認められない。「ゼロ」の発見だって「iPS細胞」だって、名前がなければこんなに知れわたることはなかったかもしれない。

「よ~し、アシンメトリー現象と名前がつけば、これでみんなにも知ってもらえるゾ~ッ」

私がむじゃきに喜んでいたら、杉本さんから、「発見は、発見したという事実をだれかに発見してもらわなければ、世の中に知られることはないのデス」と、ピシャリといわれてしまった。

その一言で、私の希望の灯は一瞬にして吹き消されたのだった。チーン。(つづく)

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146

「もう、やめましょうか」

大外先生はそうつぶやくと、さみしそうに窓の外に目をやった。私も、「そうですネ」と力なくうなずくしかなかった。

大外先生の提案で始めた池袋での勉強会も、1人減り、2人減りして、ついには参加者が3人だけになった。このままつづけたって、参加者が増えることはなさそうだ。

「そろそろ潮時でしょうかね」

そんなわびしいことを、2人でボソボソと話していたら、横で聞いていた杉本さんの目がキラリと光った。

「ヨシッ、これはいい機会ですから、リニューアルして本格的な講習会をやりましょう!参加者だって、メルマガで募集すればイイんです!」

勢いよくしゃべりつづける彼女の頭のなかでは、すでに新たな講座のプランができあがっているようだ。

「知り合い相手にいつまでもズルズルやってたら、緊張感がなくなって当然です。今度はちゃんとお金をいただいて、集中講座にしましょう!」

彼女は妙に強気だが、その一言一言が正論なので、大外先生も、「ごもっとも、ごもっとも」としきりにうなずいている。

実際、民間療法の世界では、いろんな講習会があちこちで開催されている。なかには受講料が100万単位のものまである。それでも参加者が集まると聞いて、私はおどろいた記憶があった。

逆に私たちのように、会場費だけのワンコインで通える講座なんてありえない。杉本さんからはこれまでにも、「タダはダメですよ、タダは」と何度もいわれていたのである。

「人は払った金額に応じて、その価値を決めるものなんです。タダのものには、価値なんか認めないんですヨ」

そんな厳しい指摘にも、大外先生は大きくうなずいていた。たしかにそうなんだろう。私にも思い当たる体験があった。

出張で施術していたころ、私は重病の人には無料で施術することにしていた。医者も見放したような重病なのだからと思ってのことだったが、彼らの反応は、なぜか一様に淡泊なものだった。

一方、料金を払って施術を受けた人たちは、お金を払っているのに私に感謝してくれる。そういう人は、新しい患者さんだって紹介してくれる。それもこれも、私の施術に価値があると認めたからだろう。これが、「払った金額に応じて価値を決める」ということなのかもしれない。人の心理とはふしぎなものである。

それなら今度の講習会は、それなりの料金で募集してみよう。そうと決まったら話は早い。すぐに杉本さんが告知文を考えて、翌週のメールマガジンには、第1回プロ講座開催のお知らせが掲載された。

私には初めての試みなので、ちょっとドキドキして反響を待つ。しかしふたを開けてみれば、水曜朝10時に配信して、木曜の朝にはもう10人の定員がいっぱいになっていた。5月に出した本を読んだ人たちが、私の講座が開かれるのを心待ちにしていたらしい。

しかも申し込みは東京近郊からだけではない。3日間の集中講座に参加するために、近くのホテルに宿泊して通ってくる人までいるようだ。なんとありがたいことだろう。これはなんとしても期待に応えたい。当日配布するテキストづくりにも思わず熱が入る。

講習会の会場は、大外先生が池袋の整体学校を借りてくれたし、これまで私の講習を受けていた先生方が、実技の補助についてくださることになった。これで安心だ。

いよいよ当日、早めに会場に着いてみると、遠方から参加した人たちは、ずいぶん早い時刻から先に来て待っていたようだ。みながそろってから、まずは私が軽くあいさつしたあと、参加者の方々にも自己紹介をしてもらう。

早速、「今朝、愛知から新幹線で来ました」といいながら、まじめそうな男性が前に立った。その柔道整復師の松浦さんは自己紹介につづいて、「今日はどこまで教えてもらえるんでしょうか」と質問した。

意外な質問に、「どこまでって?」と聞き返すと、彼はこれまでにさまざまな講座に参加してきたが、どれも肝心なところは教えてもらえなかったので、今日もちょっと不安があるらしい。

ある講座など、かなりの高額を払って参加したのに、会場で先生のビデオを見せられただけだった。そればかりか、いちばん大事な先生の手の動きが映っていなくて、ガッカリした経験まであるそうだ。

そういう講座もあるのか。だが私には、出し惜しみする気など毛頭ない。そもそも私は、自分が発見した法則やこれまで培ってきた技術を、どうにかして世の中に還元したいと強く願ってきたのである。

これはきれいごとではない。早くだれかにこのバトンを渡さなければ、と焦っていたのだ。だからこそ、無料のメールマガジンを発行し、出版もしてきたのである。

その思いをタップリと詰め込んだせいで、今回の講座もたった3日で全部伝えきれるかどうか心配なほど盛りだくさんな内容になっていた。もちろん彼には、「私の知識も技術も出し尽くすつもりですから、ぜったい全部覚えて帰ってください」とお願いした。

「では、始めましょうか」

全員の紹介が終わると、私は黒板の前に立った。今日は私の本を事前に読んでいる人ばかりなので、人体の法則については概要を説明する程度にとどめた。休憩をはさんで実技に入ると、一挙に室温が上がる。みな理論よりも、実技のほうに関心が高いのだ。これは施術を生業とする人の性かもしれない。

まずは、背骨のズレの見つけ方である。
大外先生にモデルになってもらって、私が背骨のズレを調べる方法をやってみせる。調べるといっても、相手の背骨の両サイドを、左右の人差し指でなぞっていくだけだ。いたってかんたんな動作なので、だれでもできるだろう。

ところがいざやってみてもらうと、みな悪戦苦闘している。何度なぞってもズレの位置がわからなくて、あっちでもこっちでも首をかしげている。日ごろプロとして施術している人たちだから、すぐにわかるだろうと思っていた私には、予想外の展開だ。

プロとして、手にくせがついているからなのだろうか。背骨の形に沿って指でなぞるときに、妙に指に力が入ったり、なぞるスピードが不安定だったりして、なかなかうまくいかないのである。

なんとなく室内の空気が重くなってきた。ズレがわからないと次に進めないので、次第に私も焦ってきた。補助の先生たちも、「どうしましょう?」とお互いに顔を見合わせている。そんななか1人の女性から、「あ、こうかしら」と声が上がった。

自己紹介のとき、私と同い年だといっていた中岸さんだ。彼女は大外先生から整体を教わって、ついこの前、開業したばかりなのである。彼女は、私のやった通りの強さとスピードで、スッと指を動かしたかと思うと、「ア、わかった!」といって、背骨のズレたところを指さした。

私には彼女が天使に見えた。どうやら、まだキャリアが浅くて、刷り込みがないのがよかったようだ。新しい技術に抵抗がない人ほど、より早く習得できるものらしい。

これを機に、他の参加者たちも次々にズレの位置がわかるようになった。おかげでそれまでの重かった雰囲気が、一気に軽くなって、私も胸をなでおろしたのだった。(つづく)

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 141
この前、恩師の会田先生に会いに母校の大学まで出かけていったら、文化人類学の関口先生を紹介された。

先生は医者で、なおかつ現役の探検家でもあるから、大学教授としては異色の経歴だ。彼は若い時分から世界中の未開の地を歩き回り、時には彼らと生活を共にしながら現地で医学調査も実施してきたのだという。

しかし、極限の環境で探検をくり返してきたとは思えないほど、その物腰はおだやかだ。先生がポツリポツリと語る内容は、私が初めて聞くことばかりで、いくらでも聞いていたいほど興味深いものだった。

先生はゆっくりとつづけた。

「ああいうところには、血圧が130以上の人なんかいません。腰痛の人も見たことありません」

このデータは、先生が直に調べてきた一次情報なのだから、説得力がちがう。それなら、これまで医学常識のようにいわれてきた、「腰痛は人類が二足歩行を始めたせいだ」という説も全く成り立たなくなる。

先生からお話を聞かせていただいたあと、帰路についてからも、私はしばらくそのことばかりを頭のなかで反芻していた。ヨシ、今度お目にかかる機会があったら、いろいろ質問してみよう。

それから数日たったある日、私の携帯電話が鳴った。知らない番号からだ。電話に出ると、「ムサビのセキグチです」といったきり、声が途切れた。

「アレ?電波が悪いのだろうか」と思ったが、どうやらつながってはいるようだ。私の頭が「???」でいっぱいになったころ、ようやく「実は」とつづいたのでホッとした。

ふつう電話ってのは、かけた人から用件を話してくれなくちゃ会話が成り立たない。かけてきた本人が黙ったままでは、こちらは不安になってくる。テレビなら放送事故である。

しかしそこは関口先生だ。未開の地で現地の人たちと暮らしてきただけある。先生の間合いは並の人間とはちがっているのだろう。先生のフィールドである南米からでもかかってきたみたいで、私はその「間」に妙に感心した。

肝心の電話の用件は、知り合いのお嬢さんの腰痛を診てほしいという依頼だった。先生は先日、私の施術を受けたあとも体調がいいそうだ。そこで自分の周りの人も治してあげたいと思ったのだろう。男性にこういう人はめずらしいから、文字通りありがたい話である。

そのお嬢さんはまだ中学生で、部活でバレーボールに熱中していた。ところがあるときから腰が痛くなって、病院で治療を受けても治らなかった。それどころか、担当の医師から「バレーボールをやめなさい」と指導されたのがショックで、精神的にもまいっているのである。

もちろん医師でもある関口先生からの依頼なら、私が断る理由などない。会田先生も、「腰痛なんだったら、Mくんに頼むといい」といってすすめてくださったそうなので、期待にはお応えしたい。

とはいえ、100%治る保証はないので、「まずは体の状態を見てみましょうか」といって、保護者同伴で来院してもらうことにして電話を切った。

実際のところ、このお嬢さんみたいな話は、私にしてみたらよく聞くことなのである。医師から「スポーツをやめなさい」どころか、「仕事をやめなさい」とまでいわれた腰痛患者だって、何人も診たことがある。

しかし「治らない」といわれた腰痛でも、腰の骨のズレを矯正したら痛みは消えた。みな、仕事もスポーツもそのままつづけている。彼らの腰痛はズレが原因だったから、そのズレをもどせばいいだけだったのだ。さて今回のお嬢さんはどうだろう。

次の日曜日、母親に連れられてやってきたリコちゃんは、バレーボールの選手だというわりには小柄である。母娘2人で部屋に入ると、お母さんはおもむろにバッグからレントゲン写真を取り出した。

「この子の腰椎は6個もあるんです。お医者さんは、それが腰痛に関係しているというんです」

彼女は私に写真を見せながら、病院での経緯を説明した。聞けば、彼女はプロの鍼灸師で、医学的な知識も豊富である。娘の腰痛も自分が鍼(はり)で治そうとしてみたが、なかなか手ごわくてそれほど効果がなかったらしい。

レントゲン写真を見ると、確かにふつうは5個のはずの腰椎が6個ある。だが6個だからといって、別に問題があるわけではない。首の骨だって7個がふつうでも6個の人はわりといる。そのせいで首が短く見えることもあるけれど、機能的には問題ない。

人間の骨の数なんて、進化の過程でいくらでも変化してきたのだ。それを私は本で読んで知っていた。腰痛は、腰の骨がズレているかどうかが問題で、骨の数は問題にはならないはずだ。

早速、リコちゃんの背骨を確かめてみると、案の定、腰椎の上から3番目、下から4番目が大きく左にズレていた。コレだ。ズレがあれば、症状が出るのは当然の結果である。

「ほらね、ここがズレていますよね」

お母さんにも、そのズレを指先で確認してもらってから、私が指でゆっくりと矯正してみせる。自宅でもやってもらうために、矯正のコツを説明しながら、同じ動作を何度かくり返す。

すると難なく、リコちゃんのズレていた背骨は定位置におさまった。「腰の具合はどう?」とたずねると、言葉よりも先にほほがゆるんだ。それを見ていたお母さんも、表情が一瞬でパッと変わった。

「鍼ではこんな変化はありませんでした。こんな治り方はしませんでした」

プロの治療家であるお母さんは、手技による矯正の効果にかなりおどろいている。プロからほめられるなんて、私もうれしい。これなら、紹介者である関口先生の顔も立つだろう。今日はうまく治ってくれてよかった。

それにしても、未開の地に腰痛患者がいないのなら、背骨がズレた人もいないのだろうか。彼らと私たちのちがいって何だろう。そのちがいがわかれば、ズレの原因もわかるんじゃなかろうか。私はまたジグソーパズルのピースを1つ見つけたみたいで、なんだかワクワクしてきたのだった。(つづく)

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 140
「お~い、セキグチいるか~っ」

会田先生はそう声をかけると、返事も待たずに隣の研究室に入っていった。私も先生にくっついて部屋に入る。この部屋も会田先生の部屋と同じだ。本やら箱やらあれこれ積み上げたモノが林立していて、まるでジャングルだ。

会田先生に呼ばれて、そのジャングルの主が奥からヌッと顔を出した。密林にはふさわしくない、やさしげな印象の男性だ。これがセキグチ先生か。

「オー、いたいた」

会田先生は、狩りの獲物でも見つけたみたいにニカッと笑う。

「ヤァ~、君に紹介したい人がいてナ」

相手の都合なんか気に留める様子もなく、先生は一方的にまくしたてる。セキグチ先生も、突然の乱入におどろくわけでもなく、「いつものこと」という風に静かに笑っている。

「セキグチ」こと関口先生は医師でもあるが、この大学では文化人類学を教えているそうだ。「どうして人類学?」と思ったら、彼は世界中の未開の地を探検し、現地住民と起居をともにして研究してきたからなのだという。

その探検はテレビ・シリーズにもなっていて、かなり有名らしい。しかしテレビをもっていない私は、彼の存在を全く知らなかった。

そんな関口先生に向かって、会田先生は私のことを力を込めて説明している。だがつい今しがた、20数年分のできごとをまとめて話したばかりだから、話があちこち飛んで一向に要領を得ない。

「ま、そんなわけで、彼は美術家としての技術でもって、人の体の左だけに現れる現象を発見してナ、今はそれを民間療法に応用して活躍してるんだ。ホラ、こんな本まで出してるんだゾ」

会田先生は、私が持ってきた例の本をかざしながら一気にそこまで話すと、私にバトンタッチするように目配せした。全くもってありがたい紹介っぷりである。私は気恥ずかしさをまぎらわすように、「じゃ会田先生、ちょっと献体を」とお願いした。

さきほど会田先生に左起立筋の異常について説明したとき、先生の起立筋の左側が盛り上がっているのは確認済みだった。

「献体を」といわれた会田先生は、「お、献体?そうか、そうか」と大乗り気である。そそくさと作務衣の上着を自分でめくり上げると、関口先生に背中を向けた。

会田先生の背中を使って私が説明していくと、関口先生はいかにも医師らしい手つきで、会田先生の起立筋を軽く押して、左右の感触のちがいを確かめている。

「ナァ~、左が盛り上がってるだろ~。オモシレ~よな~」

ふつうなら、左起立筋の異常を指摘された人はみな不安がるものなのに、会田先生はなぜか楽しそうだ。

私がつづけて、起立筋だけでなく肩甲骨やウエスト、尻などにも左側だけに異常が現れていることを説明していくと、それまでだまって聞いていた関口先生の顔がパッと輝いた。

「そういや、キン●マも左だけ下がってるよな!」

とうとつに大声で「キ●タマ」といってのけた彼の、そのためらいのなさが清々しい。きっと男社会で生きてきた人なのだろう。私は一挙に関口先生に好意をもった。

会田先生も、やっと関口先生が話に乗ってきたから得意げだ。

「彼はナ、腰痛でもなんでも手だけで治しちゃうんだゾ」

そういうと、関口先生の顔の前にまた私の本をグッと差し出した。

「セキグチ、おまえどっか痛かったンだろ、治してもらえ」

そんな無責任なことをいって、私の施術を受けるようにすすめている。

「そうそう。昔から背中が痛くてネ。でもこれは手術しても治らないから」

関口先生は、どこかあきらめ気味の口調でそういった。しかし病院での治療の対象でないなら、原因は背骨のズレなのかもしれない。

「そうですか。でも原因不明で、手術しても治せない背中の痛みとくれば、背骨のズレのせいかもしれないですね。ちょっと背中を見せてもらってもイイですか?」

関口先生はダメ元だとでも思ったのか、だまってうなずくと私に背中を向けた。調べてみると、案の定、胸椎が1か所大きくズレていた。

「背骨というのは左にしかズレないんです。ホラ、先生もここが左にズレてます。これだけズレ方がひどければ、痛みも相当だったと思いますヨ。ちょっとだけ、骨をもどしてみましょうか?」

私に背骨のズレを指摘されて興味がわいたのだろう。関口先生は、「じゃ、頼みます」といってOKしてくれた。あくまでもていねいな人である。

私は関口先生のズレている胸椎に指を当てると、そっと矯正してみた。ところがほんのちょっとのつもりだったのに、スンナリと骨が定位置までもどってしまった。これなら症状にも変化がありそうだ。

「どうでしょう?痛みに変化はないですか?」

関口先生に確かめてもらうと、先生の表情が変わった。口が「オ」の形になったままで言葉は出ないが、痛みが消えているのだろう。矯正の効果に驚いているのがわかる。

その様子を横で見ていた会田先生は、「どうだ、すごいだろう」とでもいいたげだ。やけにうれしそうな先生を見ていると、ほんの少しだけ恩返しができたみたいで、私もちょっぴりうれしかった。(つづく)

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139

私は仕事が終わると、渋谷の街を抜けて駒場に帰る。いつもなら人混みを避けてマークシティのなかを通るのに、なぜかこの日は急に外を歩きたくなって、そのまま道玄坂に向かった。

ファッションビルの109あたりにさしかかったところで、点滅していた信号が赤になった。ボンヤリと交差点の向こうに目をやると、華やかな色合いの若者で混み合うなかに、何か黒っぽい影みたいな物がある。

「なんだアレ?」

黒い影は、ブラックホールみたいに私の視線を吸い寄せていく。目を凝らすと、信号機の脇に古びた藍染の作務衣を着た、初老の男が立っていた。

「なんだ、人だったのか」

人だとわかったあとも、まわりのキラキラした明るさとはあまりに対照的なので、彼から目が離せない。信号が変わると、彼はうつ向き加減のままこちらに向かって歩き出した。その動きを見た瞬間、頭のなかに電気が走った。

「会田先生だッ!」

黒い影に見えた男性がだれだかわかったら、あちらでも私に気がついて、パッと表情が変わった。

「おなつかしゅうゥ!」

先生の元へかけ寄った私の口からは、妙な言葉が飛び出した。あまりになつかしすぎて、ちょっと頭が変になったのだろう。

「イヤァ、なつかしいな、何年ぶりだよオイ!今どうしてる?」

会田先生も、顔をクシャクシャにして私との再会を喜んでいる。以前と変わらない先生の水戸なまりを聞くと、ひどくなつかしくて泣きそうだ。

先生には、私が美大生だったころに大変お世話になっていた。油絵科の学生だった私は、民俗学の会田先生から、民具の実測図の作図方法を教わっていたのである。

作図はおもしろい。美術の世界はオリジナリティーこそ命なのに、逆に作図では、オリジナリティーなど一切必要とされない。そういうところが、新鮮で魅力的だった。

民具実測図がたいそう気に入った私は、博物館などに出かけて行っては作図するほどのめりこんでいた。そんな私を見て、会田先生はわざわざ私の地元で、博物館員の職を探して世話してくださったのだ。

ところがいざ就職試験を受けてみると、あっさり落ちてしまった。出題の傾向が例年とちがいすぎたとか、ヤマがはずれたなんて言い訳するのも虚しい。結局のところ力不足だっただけだ。だがそれ以来、先生に顔向けできなくて疎遠になっていた。

思えばあれから20年以上が過ぎた。こんな恩知らずの私のことを、先生はずっと心配してくれていたらしい。実家に遊びに来てもらったこともあるほど親しかったのに、本当に申し訳ないことをした。

「イヤァ、これから急いで行かなきゃならん用事があってナァ」

先生はしきりに時計を見ては、ここで別れるのがいかにも名ごり惜しそうだ。

「近いうちに、必ず大学に遊びに来てくれ」

そういって手書きの名刺を私に握らせると、私とは反対の方向へ足早に去っていった。

あまりに短い時間のできごとだったから、先生から目を離すと、今再会した記憶が消えてしまいそうだ。私は先生の背中がまた黒い影になって、人混みのなかに消えてしまうまで見送った。

次の週になるとすぐに先生に電話して、大学に会いに行く日を決めた。当日は国分寺駅で西武線に乗り換えて、武蔵野にあるキャンパスまでやってきた。ここには卒業してから一度も来たことがないのに、あきれるほど違和感がない。

正門を抜けると、構内には学生たちのにぎやかな声があふれている。そこかしこに絵の具だらけのつなぎを着た子がたむろしていて、あのころとちっとも変わっていない。どこかに昔の自分がいるんじゃないか。そんな気さえしてきた。

あのときはまだ講師だった会田先生は、今では教授になっている。先生の研究室をのぞくと、天井までうず高く積まれた資料の隙間から、あの藍染の作務衣の端っこが見えた。

「オオォ~、来たか~~」

私に気づくと、先生は満面の笑みで改めて再会を喜んでくれた。2人は空白になっていたこの20数年間のできごとを、猛烈な早口で埋め尽くすと、近況までたどりついたところでようやく一息ついた。

そこで、当時私が熱中していた民具実測図の話から、最近使っている解剖図の話題になった。

「センセェ、解剖図は医学の基本なんだから、さぞかし正確なのかと思ったらちがうんです。縮尺や寸法といった大事な情報が入っていないんで、民具実測図どころか図にもなっていないんですヨ。あれじゃ役に立ちません」

私はつい、日ごろはぶつける相手のない解剖図への不満を、会田先生相手に話し始めていた。先生に甘えているような気もしたけれど、それを聞いた先生の目が、一層輝きを増した。

「ホォ~、民具実測図から解剖図まで行ったのか~。おもしれぇな~、美術から医学に発展するなんて、聞いたこともないナァ」

「イヤ、先生、解剖図というのはあのレオナルド・ダ・ヴィンチが、人体という立体を平面で説明するために考案したんです。だからそもそも美術のほうが、医学よりも先進的だったんですヨ」

自分が描いたわけでもないのに、私はダ・ヴィンチの功績をちょっと自慢げに説明した。さらにつづけて、現代の解剖図なんて、500年たってもいまだにダ・ヴィンチの作品には遠く及ばないのだ、などという話まで熱く語っていた。

「そうか!それなら今度、うちの学生に解剖図を描かせてみるか」

会田先生は私の話に大きくうなずきながら、しきりに感心している。そのとき何かひらめいたようで、いたずらっ子みたいにニヤリと笑った。

「そうだ、アイツを紹介しよう!」

先生は呆気に取られている私を置いて、いきなり部屋を飛び出した。

「オーイ、セキグチいるか~っ」

私があわてて自分の荷物を抱えて後を追うと、先生は何やら大声で叫びながら、すぐ隣の研究室へと飛び込んで行ったのだった。(つづく)

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