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何か得体のしれない黒いモノ、意念でしか見えないソイツは、人に取り憑いて悪さをするのだという。それはいわゆる「悪霊憑き」というヤツだろうか。
ナカバヤシ先生は、その取り憑いたヤツを「気」の力で引きはがすのだ。そのためには、まずは憑かれている人の足元のほうから「気」を送り込み、憑きモノを手の先のほうに少しずつ追い込んでいく。
そして最後に「エイッ」とばかりに「気」を操って、憑きモノを手の先から引っ張り出して床に叩きつけるのだ。このとき、決して口から引き出してはいけないらしい。口から出したらどうなるのだろう。そう考えると恐ろしくなってくる。
なかにはナカバヤシ先生ほどの達人でも引き出せないヤツがいるようだから、ますます恐ろしい。しかしそういうときには、憑かれている人の額に「気」で呪文を書いて、それを御札(おふだ)のように貼り付ける。こうしておくと、憑きモノを取り払えなくても、力が封印されて悪さはできなくなるそうだ。
これはもう香港映画の『霊幻道士』の世界である。映画のなかでは、中国の民間信仰だった道教の道士が、悪霊が取り憑いた死体(キョンシー)の額に呪符を貼って封じ込めるシーンがあった。
呪符とは、黄色い紙にニワトリの生き血で呪文を書いた御札だが、ナカバヤシ先生は、「気」の力でもって直接書き込むのである。全くディープすぎてめまいがする。しかし気功とはそもそも道教の方術の一つであって、不老不死を達成するための秘術なのだから仕方がない。
道教の秘術といえば、友人が台湾の道教寺院で、異界を旅する方術を受けた話を聞いたことがある。
さして珍しくもない造りの寺に一歩足を踏み入れると、ほとんど日の差さない暗がりのなかで、お香がもうもうと焚かれている。祭壇の前には案内役の道士が座り、その後ろに10人ほどの参加者が座る。そこで道士が何やら呪文を唱えると、参加者たちの頭のなかには共通した建物のイメージが浮かび上がってくるのだ。
その建物の前には薪が積んである。薪が多い人、少ない人、バラバラに散らかっている人などさまざまだ。薪はその人の財産を表しているので、もし少ないようなら道士が増やしてやったり、散らばっている薪を積み直したりもする。
次にイメージのなかで建物に入っていくと、正面にはやはり祭壇があって、そこには自分の配偶者となる人の写真が置いてある。その横には、自分の寿命を意味するろうそくが立っているのである。こんな話が延々と続いて、もっと強烈な話も聞いた。
しかしこの異界への旅の映像は、その場のだれもが見えるわけではない。人によってはぼやけていたり、全く何も見えてこない人もいる。気功を極めると、こういう世界が広がるというか、深まっていくものらしい。
ナカバヤシ先生からも、中国のとんでもなくスゴイ人を見てきた話を聞いた。
もう30年以上前、中国で気功の全国大会が開かれた。そこに集まった腕自慢たちはそれぞれの得意技を披露する。「気」の力で相手を吹っ飛ばすのはもちろんのこと、テーブルの上の大皿を、「気」の力でUFOのように自在に飛ばしてみせる人もいた。
なかでも極めつけは、見た目は小柄な老人だった。彼は力むこともなくスッと登壇したかと思うと、壁に自分の右肩と右腰をつけて立った。そして肩と腰を壁につけたまま、左の脚を高々と頭の上まで上げてみせたのだ。
「??」
それがどうしたというのだろう?これを聞いたときには全く意味がわからなかった。私がキョトンとしているのを見ると、ナカバヤシ先生はニヤッとして、「やってごらん」という。そこで自分で試してみると、初めてその意味がわかった。人体の構造上、そんなことは絶対にできるはずがなかったのだ。
こういった話が事実なら、気功というのはやはり底なし沼のごとく、深くふか~くはまりこんでいくトンデモない世界なのである。(つづく)

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