小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:沖縄

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明るい光で目が覚めた。ここはどこだろう。メガネがないからよく見えないが、この陽射しはどう見たってうちじゃない。そうだ。沖縄のホテルに泊まってるんだった。胸の奥にプクッと楽しい気分がわいてくる。
窓まで行って外を見ると、視界をさえぎるものは何もない。どこまでもつづくサンゴ礁の海が、強い陽射しを跳ね返して深く青く輝いている。これを見られただけでも来たかいがあった。

今日はいよいよダイビングだ。ホテルのバイキングで栄養を補給した私は、重いおなかと機材をかついで、チームのみんなと船に乗る。私たち8人を乗せた船は、まっすぐにダイビングスポットへと向かった。スピードを上げると、顔に当たる潮風が気持ちいい。

だが、ボーッとしていてはいけないのだ。初心者の私は機材の取り扱いにも不慣れだから、準備に時間がかかる。私がモタついていると、あちこちから手が伸びてきて、みるみるうちに装備は整った。

30分ほど沖に進むと、水深20mの地点で船が停まった。海の底まではっきりと透けて見えていて心が踊る。すぐさま、みんなは勢いよくドボンドボンと水しぶきを上げて飛び込んでいく。呆気にとられている間に、残っているのは船長と私だけになってしまった。

船長が、「どうする?」とでもいいたげな顔で私を見たから、意を決して手順通りに、タンクを背負った状態で後ろ向きに飛び込んだ。飛び込むというよりも転落に近い。着水した途端、大きな泡に包まれて一瞬上下の感覚を失った。

少し息を吐いてから息を整えると、目の前には水底に向かってロープが垂れていた。このロープをつたって下へ下へと降りていく。その間に少しずつ緊張が取れてきた。20mは深い。耳も体もギュッとつまってきて、また緊張で胸がドキドキしてきた。

ようやく足ヒレの先が海底に着いたところで、ホッとして上を見る。海中に射し込んだ太陽の光が、ユラユラとやさしく揺れている。思わず見とれていると、今野さんが寄ってきて、私の腕を引っぱって勢いよく泳ぎだした。

何かを伝えようとして彼女が指差した先に目をやると、1メートルほどのウミヘビがいた。ウミヘビには猛毒があるけれど、かまれることはめったにない。彼らは好奇心が旺盛だから、私の足先に近寄ってきて、フィンの動きに合わせて身をくねらせている。海の仲間だと思ったのかもしれない。

ダイビングは楽しい。非日常で気分が高揚する。その分だけ危険も多い。特に南の海には、ウミヘビだけでなくクラゲやタコ、貝、魚に至るまで猛毒をもつ生き物がたくさんいる。それでもベテランがいっしょだとかなり安心できる。

ベテランといえば、超ベテランダイバーであるスタントマンのボスの話を思い出した。ずっと以前のことらしいが、八丈島の沖で潜っていて、浮上してみたら、待っているはずの船が見当たらないのだ。

まさかと思って、360度グルリと見回してみても何もない。見渡す限り、水平線がつづくだけだった。仕方がないので静かに海に浮いたまま、一昼夜流されて千葉沖まで流されたのだという。すごい話である。助かったからいいようなものの、ボスの話はレベルがちがいすぎて実感がわかない。

それとは別に、長時間水中作業をしているときに、窒素酔いでえらいイイ気分になって、危うくそのまま死ぬところだった話も聞いたことがある。いっしょに潜っていた人が、彼の異変に気づいてくれたおかげで助かったらしい。

水圧の高い水の中にいると、窒素を吸い込む量が多くなる。その窒素の麻酔効果のせいで、酒に酔ったみたいになってしまうのが窒素酔いだ。

また窒素は減圧症の原因にもなる。減圧症はダイビングなどで、水深の深いところから急浮上すると、血液中の窒素が気泡になることで起きる血流障害である。

私は減圧症を体験した人を診たことがあったが、彼の体はまるでふとん圧縮袋に閉じ込めたように、バチッと固くなっていたのを覚えている。

さて20分ほど海底の景色を楽しんだあと、私は無事に船までもどることができた。これから浜にもどって昼食をとり、午後からは別のポイントで潜ることになっていた。

ところが私は慣れない運動と緊張のためか、一本潜っただけで今日の体力を使い果たしてしまった。もう自分の酸素ボンベをかつぎ上げるパワーすら残っていない有り様だ。

ダイビングは一人では潜らないのがルールだから、ペアを組んでいる今野さんには申し訳ないけれど、私だけ午後の部はパスさせてもらった。何事も無理をしないのがモットーだ。

昼食後、一人になった私はホテルの前にあるヤシの林に行ってみた。そこにはゆったりとしたデッキチェアーが並んでいる。木々の間を心地よい風が吹き抜け、風に揺れるヤシの葉がデッキチェアーに影を落としている。

もってきた文庫本を手に、私はデッキチェアーに横たわる。だれもいない静かな空間で、南国のリゾート気分にひたっていた。なんという贅沢な時間だろう。

だがそんな時間は長くはつづかない。背後にザワザワと人の気配が近づいてきた。声の感じからすると、どうやら両親と娘二人のファミリーのようだ。チラリと目やると4人とも立派な体格で、何だかイヤな予感がする。

下の娘さんが、「わ~デッキチェアーだ~」と声を張り上げると、お母さんらしい女性と二人で私の真うしろの椅子に近づいてきた。しかしどう見ても、彼女たちのサイズと椅子のサイズが合っていないのだ。

私がわずかに危険を察知した瞬間、「ギャッ」という悲鳴とともに、鈍い破壊音がヤシの林に響いた。つづけて「ヤダーッこのイス壊れてる~」という叫び声が聞こえてきた。

振り向いてはいけない。決してうしろを振り向いてはいけない。塩の柱になってしまう。そう自分にいい聞かせて、私はギュッと目を閉じた。何秒かそのままじっとしていたら、周囲にはまた静けさがもどっていた。

恐る恐る振り向くと、そこには哀れなデッキチェアーの残骸が2つ、砂の上に横たわっていた。そして何もなかったかのように、ヤシの林を爽やかな風が吹き抜けていくのだった。(つづく)

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朝カーテンを開けると、日差しがまぶしい季節になっていた。そういえば今日の午前は仕事の予約が入っていない。今のうちに池尻大橋の図書館に本を返しに行こう。ついでに丸正で魚も見てこよう。そう決めると、私はリュックに本を詰めこんで部屋を出た。

池尻は、駒場にあるうちのアパートからは中途半端な位置にある。電車を乗り継ぐよりも直接歩いたほうが早い。そう近くはないが、お金がかからないからいつも歩いていく。途中でタバコを吸える場所もあるし、散歩にはちょうどいい。

図書館の近くには、広々としたグラウンドを見下ろせるお気に入りの場所がある。ここから緑を眺めるのもなかなか気分がいい。一服するつもりで立ち止まったら、リュックのポケットで電話が鳴っているのに気がついた。看護師の今野さんからだ。

彼女の結婚式のスピーチで大失言して以来だから、もう1年近くたつだろうか。彼女は「久しぶり~」といったあと、「実は私、結婚したの」とつづけた。とっさには意味がつかめないでいると、「あの後すぐ別れてサ、また結婚したの」とあっけらかんと話す。

しかし、そんなことはどうでもいいといった調子で、「それはそうと、今度みんなで沖縄にダイビングに行くんだけど、いっしょに行かない?」と誘ってくれた。

今野さんはダイビングが趣味で、かなり上級クラスのライセンスをもっている。だが私は2、3度しか潜ったことがないド素人だ。上級者たちといっしょでは足手まといになる。私が尻込みしていると、「ダイジョウブよ~。みんなでフォローするから」と強く誘ってくれる。

実は「ダイビング」と聞いた時点で、私の頭のなかには沖縄の青い海の景色が広がっていた。海が呼んでいるのだ。日程も問題ない。出張整体で開業して以来、もう何百日も休みなんか取っていなかった。こんなお誘いでもなければ休めないから、私は思い切ってOKした。

当日、羽田に着くと、私を含めて8人のメンバーが全員そろっていた。みんな早いナと思ったら、遅刻魔のチエちゃんがまだ来ていない。電話をかけても通じないから、こっちに向かっている途中なのだろう。

そろそろ搭乗手続きが始まりそうなので、もう一度電話をかけてみる。すると電話に出たチエちゃんが、寝ぼけた声で「ア~、おはよ~」というではないか。そこで気づいたのか、「アッ寝過ごした!」といってあわてている。「もう搭乗手続き始まるから、早くタクシーで来てッ!」と私もあわてる。

彼女は遅刻魔なのを自覚しているから、今日はわざわざ空港近くに住んでいる姉の家に泊まっていたはずだった。いくら近いとはいえ、とても間に合うとは思えない。

定刻になると搭乗手続きが始まった。5分過ぎ、10分過ぎ、すでに搭乗者の列も途絶えた。後は私たちだけである。みんなで搭乗カウンターの人に、「今来ます!今来ます!」と訴えつづけたが、時間がたつに連れ、彼女の顔からは笑顔が消え、眉だけがどんどんつり上がっていく。とうとう「もう待てません!あきらめてくだサイッ」と強い口調でいわれてしまった。

まさにその瞬間、はるか向こうからチエちゃんがものすごい形相で突進してくるのが見えた。間一髪とはこのことだ。どうにか間に合った。ドヤドヤと機内に入り自分たちの座席へと向かうと、乗客たちの視線が刺さる。全く先が思いやられて気がふさぐ。

しかし飛行機そのものは順調に沖縄へ飛んでくれた。上空から見るサンゴ礁の海は、どこまでも青く澄んでいて美しい。羽田でのドタバタの疲れが吹っ飛んだ。

空港からバスに揺られて2時間ほどでホテルに着いた。チェックインを済ませると、各自の大荷物をそれぞれの部屋まで運び入れる。それがすんだらロビーに集合だ。ダイビングに疲れは禁物なので、今日はホテルのビーチでくつろいで過ごす予定なのである。

ビーチに着くと、飛行機に乗るのは一番遅かったチエちゃんが、「一番乗り~ッ」といって、だれよりも早く海に飛び込んだ。その途端、「ギャッイッタ~~イ!」と叫びながらもどってきた。

みんなで「どうした、どうした」とかけよると、どうやら腕をクラゲに刺されたらしい。刺されたところがポツポツと赤くなって腫れている。彼女は「オシッコかけなきゃ、おしっこ、オシッコ!」と叫んでいる。

たしかアンモニアをかけるのは、ハチに刺されたときじゃなかったか?彼女の記憶には大きなかんちがいがあるようだ。

沖縄の海にはハブクラゲという猛毒のクラゲがいて、子どもやお年寄りなら、刺されただけで死ぬこともあるらしい。幸いチエちゃんが刺されたのはハブクラゲではなさそうだ。それでも「イタイ、イタイ」と泣き顔になっている。

今回のメンバーは医療従事者ばかりだが、だれもクラゲの正しい対処法なんか知らないようだ。なぜかみんなで私を見ている。そこで私がチエちゃんの腕をよく見ると、海辺の日差しを浴びて、クラゲの細い針がうぶ毛のようにキラキラと光っていた。

これだ。私はひらめいた。急いでホテルの人からガムテープを借りると、チエちゃんの腕に刺さっているクラゲの針にそーっと当てて、ゆっくりとはがしてみた。すると思った通り、細い針がガムテープにくっついて抜けてくる。

貼って、はがす、貼って、はがす。これを何度かくり返すと、あっという間に腕の赤みがスーッと消えた。チエちゃんが、「もう全然痛くなくなった」というと、この様子を見ていたみんなが、「ウオーッ」と声を張り上げた。一件落着である。

その夜、みんなで近くの居酒屋へとくり出した。めいめいがお好みの沖縄料理を注文する。チエちゃんはメニューにクラゲという文字を見つけると、クラゲ酢を注文した。ここで敵討ちでもする気らしい。

出てきたクラゲに「こいつめ!」と憎しみを込めて口に入れるものだから、みんなで笑った。ところがしばらくすると、昼間クラゲに刺された腕が赤くなって、かゆみまで出てきたのである。

針は抜けたけれど、体内にクラゲの毒素が残っていたのだろう。その毒がアレルゲンとなって、アレルギー反応が出たのだ。こうなってしまったらクラゲのたたりは生涯つづくかもしれない。この体験のせいで、私はクラゲを見るといつでも沖縄のあの青い海を思い出すようになった。(つづく)

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