小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:治療家

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 053
最近、また腰の痛みがひどくなってきた。だれでも腰痛にはなるものだから、私だって腰が痛いときがあるのは当然だ。腰痛治療が仕事であっても関係ない。

しかも今回は痛いのが腰だけじゃない。お尻から足にかけて痛みが広がって、しびれ感まである。寝ていても、痛みで目が覚めてしまうのには弱った。これはいわゆるヘルニアによる坐骨神経痛というやつだろうか。

もちろん坐骨神経痛だろうと腰痛だろうと、施術の方法は同じである。この前も、早川さんの腰痛はたった3秒で治ったのだから、自分でなんとかすればいい。

ところが自分の体となると、なかなかうまくいかない。背中に手が回らないのも理由の一つだが、自分のこととなると指一本動かすのも億劫になる。痛みからくる不便さよりも、面倒臭さが勝ってしまうのだ。大工さんだって技術も道具もあるのに、面倒がって自宅の棚は吊らないと聞くが、その気持ちがよくわかる。

そういえば早川さんの腰痛も、病院ではヘルニア(腰椎椎間板ヘルニア)だと診断されていた。ヘルニアは、腰の骨と骨の間にあるクッション役の椎間板が飛び出した状態だ。その飛び出た椎間板が、周囲の神経を刺激すると腰痛になるらしい。

病院では、手術で痛みの原因となっている部分を切除するようだが、ヘルニアは時間がたてば自然に消えて、痛みがなくなることも知られている。それなら私の腰痛の原因がヘルニアだとしても、時間がたてばそのうち痛みが消えるはずだ。

それはそれとして、あの早川さんの腰痛はなぜ私の手技で治ったのだろう。私は彼女のズレている腰の骨を正しい位置にもどしただけで、決してヘルニアを治したわけではない。そもそもあんなことでヘルニアが治るわけもない。それではどうしてヘルニアだと診断された痛みが消えたのだろうか。しかもたった3秒ほどの矯正で。

あれから1か月ほどたつが、彼女の腰痛は消えたままである。ひょっとしてヘルニアだというのは、病院の診断ミスだったのか。しかし彼女のヘルニアは何度もレントゲンで確認していたのだから、ヘルニアそのものはまちがいなくあったのだ。

それなら、ヘルニアとは単に骨がズレた状態のことなのか。だが病院では、腰の骨がズレて腰痛になるとは考えない。ところが早川さんだけでなく、ヘルニアだと診断されていた何人もの人たちが、背骨がズレていた。そしてそのズレの矯正によって痛みが消えているのだから、関係がないわけがない。

ただしここで問題なのは、それが全員というわけではなかった点だ。全員治っているなら、ヘルニアは腰の骨がズレた状態のことだと思ってもいいかもしれない。しかしなかには、ズレをもどしても全く効果がない人もいた。これはどう考えたらいいのだろう。

ヘルニアには本物のヘルニアと、腰の骨のズレの2種類があって、ズレが原因なら、ズレをもどせば痛みがなくなるけれど、本物のヘルニアなら痛みが消えないということだろうか。

あるいは全てズレが原因なのに、矯正で効果がなかったのは、私の技術が未熟なせいなのか。このへんのところがもっと合理的に整理できれば、腰痛の根本原因にたどりつけるかもしれない。

お医者さんたちは、「どうすれば病気を治せるか」を日夜研究している。だが私はちがう。「なぜ(私の手技で)治ったのか」その理由が知りたいのだ。それさえわかれば、人体のしくみのなぞが新たに解明できる可能性もある。そう思うとなんだかワクワクして、おなかの底からエネルギーがわいてくるようだった。(つづく)
モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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小説『ザ・民間療法』挿し絵023
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昨日から今いち体調が優れない。今朝も頭がボーッとして寝起きが悪かった。そういえばインドに来てからどれだけ痩せただろう。ヨーロッパから来た人たちはそんなことはないのに、私だけがどんどん痩せていく。たぶん食べてないからだろう。連日の猛暑のせいで食べる気力すら失っている。慢性的な夏バテのようだ。

少し休もうと思ってベッドに近づく。すると意識が遠のいていく。卒倒するとはこんな状態なのだろうか。もう立っていられなくなった。体は棒のようにまっすぐのまま、容赦なくバタッと倒れこんだ。

倒れただけならまだよかった。倒れる方向が悪かったのだ。ベッドに向かっていればよかったのに、私の体はコンクリートの壁に向いていたのである。最初に頭が壁にゴンとぶつかった。そのまま額で壁をこすりながらズルズルと落下していく。遠のく意識のなかで、これは大変なことになったなと思っていた。

それから4、5時間もたっただろうか。意識が戻った。戻ったといっても回復したわけではない。あまりの激痛のために、意識が揺さぶられて覚醒したのである。

両肩がとんでもなく痛い。なぜそんなところが痛いのだろう。激しくかけめぐる痛みのなかで記憶をたどる。倒れたときに打ったのは、頭だけだったことは覚えている。それがなぜ両肩なのだ。首の骨でも折れたのか。しかし痛いのだから脊損ではない。指は動く。だが痛くて腕は上がらない。力石徹と戦い抜いた「あしたのジョー」のようである。

とにかくだれかに知らせなければならない。やっとのことで部屋から這い出して、またユルグに助けを求める。彼は驚いて「どうしたんだ!」といいながらかけ寄ってくる。別に同居しているわけでもないのに、こうやっていつもユルグに見つけてもらえるのは幸運だ。痛いながらも、必死にいきさつを説明する。彼の話では、私の額からはけっこうな量の血が出ているらしい。

とりあえずベッドに寝かせてもらう。しかしベッドに横たわるだけの、そのちょっとした動作がきつい。向こうずねを麻酔もなしでメスでえぐり取られたときも痛かったが、今回の痛みもそれに匹敵する。こうやって痛みの歴史だけが増えていく。

私が倒れたのを聞いて、オーロビルの治療家たちがどんどん集まってきた。それぞれがマッサージや整体的なことを試みようとする。なかにはカウンセリングのテクニックで、私の悩みを聞き出そうとする人までいた。だが目下の私の最大の悩みは両肩の激痛なのだから、そっとしておいてほしい。話をするだけでも痛みが増して脂汗がにじむ。そうこうしているうちに、マルコがどこからかトラックを借りてきた。

オーロビルではだれも自家用車など持っていないから、借りるにしてもトラックしかなかったのだろう。そのトラックの荷台にマットを敷いて私を寝かせる。そのままポンディチェリの病院まで運んでくれるのだという。

「トラックの荷台から見るインドの空は広い」
広いのは事実だが、そんな呑気な気分ではない。なんといってもポンディチェリへの道は強烈なデコボコなのだ。病院に着くまでの間、私の体はトラックの荷台に「これでもか!」というほどしこたま叩きつけられた。元気なときでもこれは痛い。拷問そのものだ。気絶できたらどれだけ楽だろうかと思う時間が続く。

死なない程度に意識を保ってなんとか病院までたどりつくと、レントゲンと血液検査が待っていた。とても最新式とはいえないレントゲンの機械だったが、体を押し当てるとひんやりとして気持ちがよかった。

両肩を写すと幸い骨折はしていないようだ。しかし血液検査では明らかな異常が出ている。完全な栄養失調で飢餓に近い状態だった。この結果を見た医者はきびしい表情で、「断食修行でもしているのか。危険だからすぐにやめなさい」と叱られた。

点滴と同時に、パックリ割れた額の治療をしてもらいながら、ベッドで安静にしていると、鎮痛剤のおかげで少し痛みがやわらいでくる。点滴が終わるまでしばらく休んだあと、またマルコの運転するトラックでオーロビルに帰る。今度は助手席に座らせてもらったが、それでも揺れるたびに両肩に響く。その痛みを味わいながら、痛みにはいろんな種類があることを実感していた。

オーロビルに戻ると、またみんなが集まってくる。異国の地で、これだけの人が心配してくれるなんて、やはりありがたいことである。その日はベッドのなかで、「これからどうしようか」とボンヤリ考えていた。

そのときフッと、以前オーロビルに立ち寄ったフランス人のことを思い出した。彼は18歳で家を出て以来、ひたすら海外を旅行し続けていた。そうやってトラベラーのままで、30年間いちども祖国には戻っていないといっていた。すごいとは思ったが、きっとそんな暮らしは私にはできない。したいとも思わない。かといって、このままオーロビルに滞在を続けても、もう体力がもたないことは目に見えていた。医者には叱られたが、私は決して断食修行をしているわけではない。自然とこうなってしまったのである。

インドの地で客死してもいい。日本を出るときはそんな覚悟もしていた。しかしあのお釈迦様だって、過酷な修業で命の灯が消えかけた瞬間、これでは何のために生を受けたのかわからない。ここで死んでしまっては何にもならないと悟られたのだ。レベルはかなりちがうが、私もお釈迦様の気持ちに少し近づいた気がした。このまま死んではいけないのである。

「そうだ。日本に帰ろう!」

(つづく)


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