*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 056
先日、近藤くんに連れられて行った勉強会の内容には少しガッカリだった。それでも世の中には、まだまだ私の知らないスゴイ治療家がたくさんいるはずだ。

テレビをつければ、ド派手なパフォーマンスを披露するスゴウデの治療家が登場する。本屋に行けば、腰痛のコーナーだけでもゴッドハンドの本であふれかえっている。この世にはどれだけゴッドハンドがいるのかと思うほどだが、みなそれぞれ「我こそは」とばかりに自慢の腕を競い合っている。

どうも民間療法家というのは、絵描きと似た人種のようだ。絵を描いていると、だれもが自分は天才ではないかと思う瞬間がある。そしていずれだれかの目に止まり、自分の才能が評価される日が来るものと信じている。民間療法家も、心のどこかで「私ほどの技の持ち主はいない」と思っている。

もちろん人間だれしも、大なり小なりどこかにうぬぼれる気持ちをもっているものだ。ところが絵描きの場合、ごくたまに本物の天才が現れて歴史に名を残す。しかし民間療法家には、歴史に名を残すような天才がいたことがあるのだろうか。

キリスト教では、病気治療で奇跡を起こした者は聖人の列に加えられることになっている。イエス・キリストなどは死人すら生き返らせた。逆にロシアのラスプーチンのように、悪名をとどろかせたのもいる。

民間療法家は、宝石の真贋のように、あれは本物だとかニセモノだとかいわれる。しかし宝石のように決まった基準があるわけではない。でも、きっとどこかに本物の天才治療家が潜んでいる。そう信じていたい気もする。

そんなことを考えていると、古くからの友人の山岸さんから電話がかかってきた。聞けば、腰の調子が悪いのだという。彼女は美食家で、おいしいものを食べるのが大好きだ。そのせいもあるのか、何かと体にトラブルが多い。そのため病院だけでなく、いろんな治療院に通っている。おかげでかなりの民間療法通なのである。

なかでも一番のお気に入りは、スペインで名を馳せて凱旋帰国したあと、神奈川で開業している鍼灸師の東海先生だ。山岸さんは千葉の自宅から彼の治療院まで、3時間以上かけて定期的に通っているのだ。

東海先生はハリでがんまで治すという触れ込みだったので、そんなすごい先生なら、腰も治してもらえばいいのではないか。そういうと、「東海先生はがんは治すけど腰痛はダメ」という話だった。

がんは治せるのに腰痛が治せないのはふしぎな気もするが、時間を作って山岸さんの家まで行くことにした。うちから千葉は遠いので、けっこうな遠征である。

近藤くんのときと同じで、親しい友人だとどうしても気が乗らない。特に彼女の場合は、深部静脈血栓を抱えているので気を抜けないからなおさらだ。

腰痛程度でも、背骨のズレをもどした途端、一気に血流が変化することがある。だから深部静脈血栓のような血管に問題のある人には、極力触れないことにしているぐらいだ。

ところが彼女は、ある治療家のところで「そんなモノはもみ切っちまえばイイんだ」といわれて、血栓のある部分をグリグリもまれたことがあった。民間療法家の医学知識のレベルがピンキリなのは常識かもしれないが、聞いただけで冷や汗の出る話である。

私としても、以前から山岸さんの体の状態を把握しているとはいえ、深追いは厳禁だ。「慎重に、慎重に」と自分にいい聞かせながら背骨をなぞってみる。するとやはり、腰痛が出ているところの背骨がズレている。そこでその部分だけをピンポイントで、ごくごく弱い力でもどしてみる。こんな触れるか触れないか程度の力でも、すぐに腰の痛みが解消したのでホッとした。

本人も調子がよくなって安心したのか、「実は・・・」とお誘いがあった。お誘いといっても別にイロっぽい話ではない。例の東海先生の講座があるから、一緒に行かないかというのである。

がんが治せる先生の講座なら、もちろん興味はある。ところがどっこい、私はハリが大の苦手なのだ。苦手といってもハリ治療そのもののことではない。注射などの針を刺されること全般がイヤなのだ。

おかげで子供のころは、予防注射のたびに学校を脱走していたし、いまだに病院にはめったに行くことがない。針と聞いただけで足がすくむ始末だ。そんなわけで、「せっかくのお誘いだけど、また次の機会に」といってお断りするしかなかった。(つづく)

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