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奇跡だ。あの関口先生が奇跡を起こしたのだ。
先生は探検家として有名だが、れっきとした現役の医師でもある。その先生が、難病指定されている潰瘍性大腸炎の若者を、みごとに完治させたのだ。
しかも治療の方法は、モルフォセラピーの手技のみである。これを奇跡といわずして何といおう。まさに快挙。とうとうこの日が来たか。先生からの報告を聞いて、私は感無量だった。
思い起こせば10年以上も前から、関口先生はモルフォセラピーを覚えたいといってくださっていた。しかしライフワークである探検に加えて、大学の講義に、テレビ出演に、多様な媒体への執筆に、とあまりにも多忙だったから、なかなかその機会がなかったのだ。
関口先生だけでなく、モルフォセラピーの手技を覚えたいといってくれる医師は他にも何人かいた。でも一般向けの講習会で、彼らが解剖学から教わる必要もない。そこでどうせなら医師だけまとめて、いっしょに練習してはどうかと思いついたのだ。
ある日、その話を関口先生に伝えてみると、時間的にもタイミングがよかったのか、「おー、やるやる!」とひどく乗り気である。そのノリのついでに、この際、モルフォセラピー医学研究所を立ち上げてしまおうという話にまで発展した。
実はモルフォセラピーは、すでにプロの治療家の先生方によって、一般社団法人の協会ができ上がっていた。そこに医師主導の医学研究所まで設立されたとなると、実態はともかく形としては立派な体制である。何とありがたい展開だろう。
私は早速、練習会の日程を、来月の日曜の夕方に決めた。会場は、渋谷にある私の治療院だ。ここではギューギュー詰めになるけれど仕方がない。
モルフォセラピーを医師から医学界に広めてもらおうと思えば、彼らに柔軟に対応しながら、じっくり腰を据えて練習会を継続する必要がある。そのためにはここでやるのがいい。
もちろん手技の練習には、受け手となる患者役が必要だ。人間的に信頼できる人でないといけないし、施術の受け手として、しっかりと施術の出来不出来をフィードバックできなければならないのだ。
そう考えると、これはだれにでも頼めるものではない。私はよくよく考えて、何年も前から私の施術を受け慣れている伊賀さんに、献体をお願いしてみることに決めた。
彼女はバレエの指導者として長年活躍し、バレエ界では知られた存在だ。その指導のきびしさでも知られている。彼女なら、体の使い方を伝えるテクニックに加え、生徒を伸ばすスキルにも長けているはずだ。
それだけではない。何といっても彼女は利他の人で、日ごろからモルフォセラピーの普及に協力してくださっているのだ。
とはいえ、伊賀さんはとんでもなく忙しい人だから、都合がつくだろうか。そこで断りやすいように気を使いながらお願いしてみると、二つ返事で引き受けてくださった。もちろん気合も十分で、何とも頼もしい。
実際に練習会が始まってみると、やはり関口先生の手技に対しても容赦がなかった。「ちがうッ」「力が強すぎる!」と手きびしい。指導の声が飛ぶたびに、先生はビクビクして、「お、オレはほめられて伸びるタイプなのに」とボヤいている。
しかし二人の掛け合いを見ていると、強気な奥さんからダメ出しをくらっている旦那さんみたいで、どこか微笑ましくさえあった。
先生は決して器用なタイプではない。それでも、来る日も来る日もめげずに練習をつづけた。そうやって練習会の回数を重ねるごとに、メキメキと上達していったのだ。そのうち、いつしか伊賀さんからの叱責も減っていた。
そのころからだろうか。先生は少しずつ本物の患者さんにも矯正してあげるようになった。最初のうちは、勤め先の病院でスタッフの腰痛を治してあげていたらしい。
関口先生の施術の効果はめざましく、すこぶる評判がよかった。そこからさらに評判が評判を呼んで、とうとう自分の治療院を開くまでになった。そのとき、知人からの紹介で、潰瘍性大腸炎の患者を引き受けることになったのである。
私も以前、潰瘍性大腸炎の患者さんを診たことがあった。しかしその方は手術後だったので、なかなか手技で積極的に攻めるわけにもいかず、大した結果は出せなかった。
ところが関口先生は、難病に対しても臆することなく果敢に挑戦した。すると施術後すぐに効果が現れた。そればかりか何回目かの施術のあと、今まで服用していた薬も必要なくなった。そしてついに、完治といえる状態にまで回復させることができたのだ。
この結果には、担当の医師もおどろいた。それ以上におどろいたのは、患者を連れてきた母親だった。彼女は看護師なので、潰瘍性大腸炎がどれほどの病気なのかをよく知っていた。当然ながら、どこの病院でも治せないことも十分わかっていた。
それを関口先生は、いともかんたんにモルフォセラピーだけで完治させてしまったのだ。これは奇跡といっていいだろう。
キリスト教では、病気治療で奇跡を起こした信者は、聖人の列に加えられるものらしい。それなら関口先生にも、「聖(セイント)関口」という称号を差し上げたい。
私がそんな話をすると、先生は、「エヘッ」と笑った。つづけてまた、「オレ、ほめられて伸びるタイプだから」といって、運動会で1等賞を取った子供みたいに、得意げに笑ってみせるのだった。(つづく)
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