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また近野さんから電話がきた。
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また近野さんから電話がきた。
彼女の紹介で私が施術した森本さんから、施術の経緯を聞いたそうだ。森本さんはその後もずっと調子がいいらしい。それ以前は職場でも半病人のようだったから、施術後の変化にみんなが驚いているのだという。
それを聞いて私もホッとした。紹介者である近野さんの顔も立てられたから、さらに安心である。その気持ちのすきを見計らったように、すかさず彼女が「それはそうと…」と切り出した。何かイヤな予感がして、つい私も身構える。
「実はもうひとり、診てもらいたい友だちがいるの」
この声のトーンからすると、よほど頼みづらい人なのだろう。
「彼女は歯科衛生士なんだけど、最近、子宮頸がんだと診断されて、来月手術するんだって。それまでは自宅で療養中だから、その間に体を整えてあげてほしいのよ」とつづけた。
しかし「がん」と聞いた途端、私の口からは「ムリムリムリ!」という断りの言葉があふれ出た。それなのに近野さんは、私のいうことなど全く耳に入らないようだ。
「彼女、今すごく不安がっているから、ちょっと診てくれるだけでいいの」
この「ちょっと」に力を入れて一方的にまくしたててくる。
そもそも強気で早口で善意の女性の話には、だれも口を挟むすきなどない。しかも彼女には日ごろお世話になっているから、頼みをむげに断るわけにもいかない。「ぜったいに断らせるものか」という圧力に負けた私は、「まずは一度会って、体を見るだけ」といって引き受けてしまった。
紹介された川上京子さんは31歳で、郊外の住宅地に建てたばかりの家にご主人と二人で住んでいる。その若さで一軒家を新築するなんて、一間のアパート暮らしの私とはえらいちがいではないか。
お宅に着くと、今風のおしゃれな外観で、ガレージにはこれまたおしゃれな外車が停めてある。呼び鈴を押すと、音までなんだかオシャレ気である。
その軽やかな音につづいて玄関ドアから顔をのぞかせたのは、細くてか弱い、どこか影の薄い感じがする女性だった。つい「美人薄命」という言葉が浮かんで、あわててあいさつの声でかき消した。
京子さんの案内で部屋に入ると、どこもピチッと片づいている。家によっては、文字通り足の踏み場もないほど散らかった部屋に通されることもあるので、これなら楽だ。
早速お話をうかがうと、しばらく前から体調がすぐれなくて、生理のときには毎回激しい痛みがつづいていたようだ。最近では体力が落ちて、入浴中に寝入ってしまうほどだったので、検査を受けてみたのだという。
そこで子宮頸がんだと診断され、来月の手術までの1か月ほどは、仕事を休んで休養している。ここまでは紹介者の近野さんから聞いていた通りである。
しかし京子さんは、自分のがんのレベルについてはあまりくわしく聞いていないようだった。だがどちらにしても、がんに対して私が何かできるわけではない。
肺がんが見つかった途端、あっという間に亡くなった芳子さんのときだって、がんを悪化させてしまうのではないかと思うと、怖くて手が出せなかったのだ。
その話をすると、京子さんはその外見からは意外なほど元気な声で、「大丈夫よ~、私、駅前のマッサージ屋さんで、いつもグイグイもまれてるけど平気だもの」といって私の不安を一蹴する。
イヤイヤ…。これまではそれでよくても、この状態で何か起きたら私には責任が取れない。そう思うとやっぱり手を出したくない。ところが彼女は、森本さんの生理痛がよくなった話を近野さんから聞いて、内心、私の施術に期待しているようである。
期待があるとなると、なおさらコワイ。しかしここまで来た以上、近野さんの手前もあるから、何もしないで帰るわけにもいかない。そこでとりあえず、体を「ちょっと」診せてもらうことにした。
まずはうつ伏せに寝てもらう。するといきなり、彼女の左腰の部分が盛り上がっているのが目に飛び込んできた。それは森本さんにもあった、肺がんで亡くなった芳子さんにもあった、例のあのしこりなのだった。(つづく)
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