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「ヨ~ォ、久しぶり~ッ」
いつものように勢いのある声で、寺山さんから電話がかかってきた。彼はこのところ、フジロックという大きな野外音楽イベントにかかわっていたから、かなり忙しそうだった。
「イヤ~、例のフェスで死人が出るかと思ったヨ」と、一方的に話がつづく。イベントの当日、ひどい悪天候に見舞われて大変だった話は、ニュースにもなっていたから私も知っていた。
その騒動の後始末が終わったのだろう。やっと一息つけるようになったから、「酒でも」というお誘いの電話なのである。
私はあまり酒好きではない。それを知っていながら私に電話をしてきたのは、最近、彼のまわりの飲み友だちが立てつづけに亡くなって、いよいよ誘う相手がいなくなったからだ。
寺山さんと飲みに行くと、オールナイトになる可能性が高い。明日も朝から施術の予約が入っている私としては、さすがに飲みに行くには気乗りがしない。そこで話題を変えて、「体の調子はどう?」と聞いてみた。
「あぁイイよ。そういや、近ごろちょっとゲップがつづくけどヨ~」と軽くいった。「(ゲップ以外は何もないから)元気だ」といいたいのだ。
たしかにゲップなら特別な病気の症状でもない。食べ過ぎ程度のことだろうから、いつもの私なら、「フーン」と軽く聞き流すところである。しかしどうしたことか、今日は何か引っかかるものがあった。
そこで、「今、時間ある?ちょっとカラダを診てみよッか」といってみた。もちろん彼はヒマだから電話してきたので、「あ、行くよ」というと電話を切った。
寺山さんの経営する音楽事務所から、私の治療院までは歩いて5分とかからない。渋谷の駅をはさんで、あっちとこっちの位置のご近所さんなのである。
お茶の準備をして待っていると、彼が酒のニオイを漂わせながらやってきた。ふだんなら、まずは椅子に座ってもらって話を聞くのだが、彼にはそのまま治療台に横になってもらう。
思い返してみると、寺山さんの体はこれまでほとんど診たことがなかった。彼は「先の健康よりも今を楽しく」がモットーの人だ。体に不調があれば、きっと二日酔いのせいだと思い、酒を飲めばその不調のことすら忘れてしまう。そんな徹底した生き方なのである。
改めて寺山さんの体に目をやると、おなかが妙に張っている。決して中年太りの腹の出方ではない。イヤな形だ。その張ったおなかの頂点にそっと手を当ててみると、私は「アッ」と声が出そうになった。
私の手のひらには、もっともイヤな感触が伝わってくる。がんがあるときの、あの特徴的なザラつきだ。
「がんはどこだ」
できるだけ表情を変えずに、指先でおなかのあたりを探っていくと、胃に大きな硬いかたまりがあった。これだ。まちがいなく胃がんだ。これは胃のなかにある食べ物ではない。がんによって、胃そのものが変化している感触なのである。
「これじゃ、完全にアウトじゃないか!」
声に出すわけでもないのに、私は心のなかでも小声で叫んでいた。目の前が暗くなってくる。私は動揺していた。
寺山さんはいたって気楽な性格だが、勘だけは妙にするどい。私が「体を診たい」といった時点で、すでに何かいつもとちがうと察していたようだ。
それでも「どうだ~ァ?」と明るく聞いてくれたので、正直に「ちょっとマズそうだから、近いうちに必ず胃の検査を受けて」とだけ伝えた。
ところが、1週間たっても何の連絡もない。私としてはかなり強めにすすめたつもりだったのに、どうしたんだろう。そう思っていたら、近所の道端でバッタリ会った。
すかさず「検査はッ?」とたずねると、「ア~、来週あたりに行こうと思ってるんだ~」なんていっている。私の焦りとは裏腹に、相変わらずのんきな寺山さんである。
それから2週間ほどたったころ、やっと彼から連絡がきた。検査の結果では、やはりがんが胃をふさぐほど大きくなっていた。ゲップがつづいていたのも、がんが胃全体に広がっているせいで、いつも食べ過ぎのような状態になっていたからだった。
彼はすぐに入院した。しかし積極的に治療できる段階はとっくに過ぎていたので、結局、自宅で療養することになった。それでも急激に悪化することもなく、しばらくは仕事もつづけていたのである。
ところがある日、家族といっしょに家で食事をしていたとき、餃子を誤嚥(ごえん)して肺炎を起こしてしまった。そしてあっという間に亡くなった。死因は誤嚥性肺炎である。彼は常々「オレはがんなんかでは絶対に死なん!」といっていただけに、さすが有言実行の人だった。
彼の葬式には、平日にもかかわらず大勢の人が集まった。長く伸びた参列者の列は、最寄りの駅までつづくかと思われるほどである。知った顔もちらほら見えるなか、会場に着くと静かにビートルズの「イエローサブマリン」が流れていた。
「これってなんだか、いかにも寺山さんらしいナ。ここに彼がいたら、なんていうだろうか」
そう思った瞬間、胸のなかを痛みが貫いて、私はうめいた。そうだ。寺山さんはもういないんだ。彼には永遠に会えなくなってしまったんだ。このときになって初めて、私はその現実を強く実感したのだった。(つづく)
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