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あれから3日たった。今日はまた瀬尾さんの腕の痛みと格闘する日である。前回の矯正のあと、彼の腕の痛みはかなり軽くなって、残りはあと2割くらいだそうだ。
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あれから3日たった。今日はまた瀬尾さんの腕の痛みと格闘する日である。前回の矯正のあと、彼の腕の痛みはかなり軽くなって、残りはあと2割くらいだそうだ。
瀬尾さんが腕の激痛で受診した病院でも、そこから紹介された大学病院でも、その痛みは、第7頚椎(首の1番下の骨)の下にある椎間板が飛び出して、ヘルニアになっているからだと診断されていた。
ところが実際には、4番目にある頚椎のズレを私がもどしたら、彼の症状の8割が取れたのだ。すると、ヘルニアなど関係なかったことになる。
おかげで彼は夜も眠れるようになった。もう4番目はズレていない。ズレていた部分は周囲の組織が赤く腫れ上がっていたが、その腫れも今はない。それでもまだ2割痛みが残っているというから、痛みの原因は頚椎のズレだけではなさそうだ。
そこで改めて、引いた状態で瀬尾さんの背中を眺めてみる。アレ、左の肩甲骨が外側に大きくズレてるじゃないか。左の肩もかなり落ち込んでいる。どうして気がつかなかったんだろう。
骨というのは、定位置にないと何かしら症状を出すものだから、きっとこれが犯人だ。そういえば前にも、これと同じズレ方を見たことがあった。
スタントをしている友人(通称ボス)が映画の撮影中、誤って車ごと崖から落ちそうになった。全くもって一般人にはありえないシチュエーションだが、とっさに彼は車を右腕1本で支えようとして、車もろとも崖下に転落したのである。
幸い命には別状はなかったものの、右肩はとんでもない激痛だ。それでも撮影だけは滞りなくすませ、現場の撤収をスタッフに指示してから、おもむろに病院にかけこんだ。ところが検査では、骨折らしきものが見当たらない。医師からは、「単なる打撲でしょう」といわれて湿布薬だけ渡された。
しかしこれは打撲程度の痛みではない。日ごろからスタントの仕事でケガには慣れっ子の彼も、今度ばかりは耐えがたい痛みだったらしい。急いでかけつけた私が調べてみると、肩の周囲が熱をもって異様なまでに腫れ上がっていた。
肩というのは、腕の骨と肩甲骨と鎖骨とで構成されている。ところがボスは車を支えようとして、落ちていく車に右腕を思いっきり引っ張られた。そのせいで肩を構成する骨が、全部ズルッと定位置から外側にズレてしまったのだ。
これは肩関節の脱臼とは全くちがうので、レントゲン画像で見てもわからない。だが左右の肩の位置を比べてみれば、そのちがいは一目瞭然だ。
こういう状況なら、ふつうの人は脱臼するか鎖骨が折れるものだ。しかしボスの体はふつうではない。その強靭すぎる筋肉で骨を支えたので、脱臼や骨折には至らなかった。だがこれほどの激痛になるくらいなら、いっそのこと脱臼や骨折のほうがましだったかもしれない。
ボスほどではないが、瀬尾さんも左の肩が明らかに定位置からズレている。左腕が強く引っ張られたことがなかったか聞いてみると、彼にはちゃんと思い当たるできごとがあったのだ。
例の大洗の海岸でサーフィンをしているとき、ふとしたはずみでボードが流されそうになった。即座に左手でボードをつかんだ瞬間、次に来た大波で、ボードごと左腕が思いっきり持っていかれたのである。
瀬尾さんもボス同様、ふつうの人より筋肉がしっかりしているので、脱臼も骨折もしなかった。ところがそのとき、肩がズレた。それと同時に首にもかなりの衝撃が伝わって、頚椎がズレてしまったのだろう。
その翌日あたりから腕が痛み出してきたようだが、瀬尾さんとしては腕はぶつけていないので、関係がないと思っていた。まさかサーフィンでのちょっとしたアクシデントが、この激痛の原因だとは思いもよらなかったらしい。
さて、肩も原因だったとわかれば、これも矯正してしまおう。瀬尾さんにはうつ伏せになってもらう。外側に大きくズレている左の肩甲骨に、私の両手の親指を引っかけて、右に向かって押し込むのだ。
イメージとしては、アフリカ大陸をインドに向かって押す感じだろうか。そうやって何度か指を当てる位置を変えながら、定位置に向かって押し込んでいく。「これでほぼ定位置に収まったな」と思った瞬間、彼は「あ、消えた!」と声を上げた。
それまで残っていた痛みが消えたのだ。彼はパドリングの体勢で、左の腕をグルグルと何度も回して、症状が完全に消えたのを確かめている。やはりもう痛くはないようだ。山田先生も、それを見て満足そうである。もちろん私としてもうれしいが、これまでの緊張からの開放感のほうが大きかった。
長くつづいた痛みからやっと開放された彼も、一気にテンションが上がっている。痛くなくなった左腕を高々と挙げたかと思うと、「よし、飲みに行こう!オレ、おごるから!」と叫んだ。私も山田先生も「オーッ」と応じて笑った。とはいえ、3人ともあまり飲めないタチなので、みんなでたらふくごちそうをいただいた。そして「毎日こんなだったら幸せだナ~」と思いながら帰路についたのだった。(つづく)
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