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助産師の酒井さんに連れられて、脳性麻痺の健太くんの家に行った私は、なぜ彼の背骨には、脊髄損傷の人のような緊張が現れていないのか、それを不思議に思った。これは全く予想外だったのである。
そもそも脳性麻痺と脊髄損傷による麻痺とでは発症のしくみがちがう。だから、こういうものなのかもしれない。しかしそれを確認しただけで、「ハイ、サヨナラ」といって帰るわけにもいかなかった。健太くんの表情からは、私をお友達の一人に加えてくれているのがわかるので、なおさらだ。
インドで出会ったミシェルは脊髄損傷で歩けなかったが、彼のもとに通っていたフランス人マッサージ師のアドンは、ミシェルがいつか歩けるようになったときのためだといって、脚の関節が固まらないようにストレッチをやっていた。
あのときのアドンの手技を思い出しながら、私も健太くんの脚に手を添えて、ゆっくりとストレッチをやってみた。すると彼は大喜びである。
歩いたわけではないが、生まれて初めて脚を動かしているのがおもしろいのだろうか。どうやらこの運動は、彼の体には負担になっていないようだ。それなら続けてみてもいいだろう。そこでこの手技を、お母さんの手でも毎日やってもらうことにした。
もちろん、これで健太くんが歩けるようになるわけではない。お母さんも私もそれはわかっていた。それでも健太くんの年齢なら、まだ新しい神経回路ができるかもしれない。そのときのためにも、訓練を続けてみましょうと話した。
ありもしない希望をもたせるのは無責任である。だが全く希望がないのも酷な気がするから、私にはこの提案が精一杯だった。
とはいっても、このまま「あとはよろしく」といって帰るのはしのびない。酒井さんの顔も立てなければいけないだろう。そこで少し考えた末、仕事としてではなく、ボランティアという形で週に1度、健太くんに会いにくることにした。
無償にしたのは私が良い人だからではない。仕事として請け負うにはあまりにも重すぎて、私には責任を負えないからだった。正直にいえば、脳性麻痺という病気そのものにも興味が湧いた。これも事実である。
なぜ脚が麻痺しているのか。健太くんの体の状態は、決して病人のものではない。触った感触はいたって健康なのだ。しかし体の形がちがうところが1か所だけあった。
健常者なら、みぞおちの部分は肋骨の形がAの文字のようになっている。ところが健太くんは、Aの裾が広がってカタカナのハの字のように開いているのである。
この形は何を意味しているのだろう。この疑問が解けるまで、私は健太くんのもとに通うことになるのだろうか。いったい私に何ができるのか。そんなことをあれこれ考えてはみたが、とりあえず今回はこれで引き上げることにした。
酒井さんと二人で帰途についた私は、次々と浮かんでくる疑問で頭がいっぱいだった。だまりこむ私を尻目に、酒井さんはいかにも満足気である。彼女は、きっと私が引き受けるだろうと確信していたようだった。どうやら私は、彼女にうまく乗せられたのかもしれない。(つづく)
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