*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 053
最近、また腰の痛みがひどくなってきた。だれでも腰痛にはなるものだから、私だって腰が痛いときがあるのは当然だ。腰痛治療が仕事であっても関係ない。

しかも今回は痛いのが腰だけじゃない。お尻から足にかけて痛みが広がって、しびれ感まである。寝ていても、痛みで目が覚めてしまうのには弱った。これはいわゆるヘルニアによる坐骨神経痛というやつだろうか。

もちろん坐骨神経痛だろうと腰痛だろうと、施術の方法は同じである。この前も、早川さんの腰痛はたった3秒で治ったのだから、自分でなんとかすればいい。

ところが自分の体となると、なかなかうまくいかない。背中に手が回らないのも理由の一つだが、自分のこととなると指一本動かすのも億劫になる。痛みからくる不便さよりも、面倒臭さが勝ってしまうのだ。大工さんだって技術も道具もあるのに、面倒がって自宅の棚は吊らないと聞くが、その気持ちがよくわかる。

そういえば早川さんの腰痛も、病院ではヘルニア(腰椎椎間板ヘルニア)だと診断されていた。ヘルニアは、腰の骨と骨の間にあるクッション役の椎間板が飛び出した状態だ。その飛び出た椎間板が、周囲の神経を刺激すると腰痛になるらしい。

病院では、手術で痛みの原因となっている部分を切除するようだが、ヘルニアは時間がたてば自然に消えて、痛みがなくなることも知られている。それなら私の腰痛の原因がヘルニアだとしても、時間がたてばそのうち痛みが消えるはずだ。

それはそれとして、あの早川さんの腰痛はなぜ私の手技で治ったのだろう。私は彼女のズレている腰の骨を正しい位置にもどしただけで、決してヘルニアを治したわけではない。そもそもあんなことでヘルニアが治るわけもない。それではどうしてヘルニアだと診断された痛みが消えたのだろうか。しかもたった3秒ほどの矯正で。

あれから1か月ほどたつが、彼女の腰痛は消えたままである。ひょっとしてヘルニアだというのは、病院の診断ミスだったのか。しかし彼女のヘルニアは何度もレントゲンで確認していたのだから、ヘルニアそのものはまちがいなくあったのだ。

それなら、ヘルニアとは単に骨がズレた状態のことなのか。だが病院では、腰の骨がズレて腰痛になるとは考えない。ところが早川さんだけでなく、ヘルニアだと診断されていた何人もの人たちが、背骨がズレていた。そしてそのズレの矯正によって痛みが消えているのだから、関係がないわけがない。

ただしここで問題なのは、それが全員というわけではなかった点だ。全員治っているなら、ヘルニアは腰の骨がズレた状態のことだと思ってもいいかもしれない。しかしなかには、ズレをもどしても全く効果がない人もいた。これはどう考えたらいいのだろう。

ヘルニアには本物のヘルニアと、腰の骨のズレの2種類があって、ズレが原因なら、ズレをもどせば痛みがなくなるけれど、本物のヘルニアなら痛みが消えないということだろうか。

あるいは全てズレが原因なのに、矯正で効果がなかったのは、私の技術が未熟なせいなのか。このへんのところがもっと合理的に整理できれば、腰痛の根本原因にたどりつけるかもしれない。

お医者さんたちは、「どうすれば病気を治せるか」を日夜研究している。だが私はちがう。「なぜ(私の手技で)治ったのか」その理由が知りたいのだ。それさえわかれば、人体のしくみのなぞが新たに解明できる可能性もある。そう思うとなんだかワクワクして、おなかの底からエネルギーがわいてくるようだった。(つづく)
モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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