小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:腰痛

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
157
アパートを出ると、今朝は快晴である。見上げると空が青い。2月のキーンと冷えこんだ空気に、吐いた息が白かった。今は冬の底だけど、春が近い気もしてちょっとうれしい。今日は池袋で、私の5回目の講習会が開かれる予定なのである。

これまで4回開催した講習会では、施術のプロが対象だった。ところがいざふたを開けてみると、キャリアの浅い人ほど新しい技術の習得が早そうなのだ。これは私だけでなく、補助についてくださった先生方にとっても意外なことだった。

「素人相手の講習会をやったら、おもしろいかもしれないですね」

4回目の講習会のあと、大外先生がそう提案してくれた。たしかに背骨のズレを矯正するだけなら、別にむずかしい技術ではない。勘のいい人なら、すぐに覚えてしまう。

プロ講習会の参加者のなかには、講習会の翌日、背骨のズレを矯正してあげた患者さんから、「先生って神の手ですね」といわれた人もいる。

神の手っていわれるなんてスゴイ。そのやり取りを横で聞いていた杉本さんが、「そんなに習得が早いのなら、神の手を大量生産できますね」といってフッと笑った。

神の手大量生産か、なるほどそれはいい。千手観音という神様がいるけれど、千手観音を1人作るより、5百人がマスターして、神の手が千本になるほうが現実的である。それだけ増えれば、日本中の腰痛患者が救われるじゃないか。

ああワクワクする。おもしろい。杉本さんも、「では、神の手千本プロジェクトですね!」と大乗り気である。なんだかプロジェクトXみたいで、中島みゆきの歌が聞こえてきそうだ。うれしくなって補助の先生方といっしょに盛り上がった。

そこで、神の手千本プロジェクトの手始めとして、まずは家庭で腰痛を治すための「腰痛講座」をやってみることに決まった。今回もメールマガジンで参加者を募集してみると、施術を受けたことのある患者さんたちも、大勢申し込んでくれた。地方からの申し込みもプロ講座以上の反響だ。

なかには、「娘が腰痛で苦しんでいるから、なんとかしてやりたい」というお母さんからの申し込みもあった。メール担当の島崎先生は、「それならその腰痛の娘さんも連れてきていいですよ」と返信してしまったらしい。

武闘派の大外先生とちがって、どこか文学青年風の島崎先生らしい、細やかな対応である。だが、ふつうこの手の講習会で、実際の患者さんを同伴していいなんて話は聞いたことがない。もしもその場で治らなかったら、信用失墜もいいところだ。

まあ、そんなことは百も承知でOKを出したのだから、島崎先生はよほどこの手技の実力を信頼してくれているのだろう。それはそれでありがたいことである。

開催にあたって、今回は大外先生や島崎先生だけでなく、プロ講座の修了生たちも補助についてくださった。なにせ、体のことなど何も知らない素人さんが相手なので、先生の数は多いほうが安心だ。

早めに会場についた私は、今日のテキストを見ながら段取りを考えていた。もうそろそろ時間だナと思って顔を上げると、部屋のすみにムサビの会田先生がいた。開催日程は伝えてあったけど、来られるかどうかは聞いていなかった。

先生は、「自分の体を献体として使ってくれ」といって、講習会のあるたびに、律儀に毎回参加してくださっている。いわば私の応援団長であり、保護者みたいな存在でもあるのだ。

その先生の隣に、どこかで見たことがある人が座ってニコニコしている。あれは、ムサビの関口先生じゃないか。あわててあいさつに行くと、「今日は見学させてください」といって、私に向かって頭を下げた。相変わらず腰の低い人である。

そうこうするうちに開始時刻になった。私が「では」といいかけると、あの腰痛の娘さんが、お母さんに支えられてやってきた。そして入室するなり、「早く座らせてっ」と悲鳴にも似た声を上げたので、室内に緊張が走った。

あまりにつらそうなので、とりあえず治療台の上で横になってもらった。すぐにでも治してあげたいけれど、ここはぜひともお母さんの手でやってもらいたい。

「このまま眠ってしまっても、立って歩き回ってもらってもかまいませんので、なんとか午後までがまんできますか」

そう私がたずねると、お嬢さんは目を固くつぶったまま、しっかりとうなずいた。

午前中は、私の施術方法の概要を伝える座学である。午後からは、みなさんお待ちかねの実技講習だ。最初に背骨のズレの見つけ方を伝えて、それからそのズレを矯正していくやり方を伝える。

手順がなんとなくわかったところで、いよいよ実践だ。先生と参加者とでペアになってやってもらうと、みな呆気ないほど短時間で矯正ができるようになっていく。やはり大外先生の予想通り、プロよりも飲み込みが早い。

実は、「自分はできる」と思っている人ほど上達が早い。「できない、できない」と思い込むタイプの人は、なかなか矯正がうまくいかない。この傾向は、プロでも素人でも同じだった。

あのお母さんはどうだろう。手元を見ると、スムーズではなくてもちゃんと矯正ができているのがわかる。そこでおもむろに、「では、お母さん、お嬢さんの腰痛を治してあげましょう」とうながすと、改めて室内に緊張が走った。

朝から腰が痛くて泣き顔のまま待っていた娘さんに、起き上がって座った状態になってもらう。腰痛がひどいと起き上がるのも一苦労だ。彼女の後ろに回ったお母さんは、今、習った通り、娘の背骨の両脇を指先でなぞってズレを探す。

指が止まったところで、「これ?」といって、自信なさげに大外先生の顔を見る。大外先生が「ウンウン」とうなずく。遠巻きに見ていた他の先生方も、大きくうなずいている。

それを合図に、お母さんは恐る恐るズレた背骨に左手の親指を当て、その下の背骨に右の親指を当てて、ソーッと動かした。その光景を、先生方も参加者たちも、みな固唾を飲んで見守っている。

お母さんは、同じ動作を何度かくり返した。もうよさそうだ。私が「じゃ、立ってみてください。腰の具合はどうですか」とお嬢さんに声をかけた。

すると彼女は、「あ、痛くない!痛くないよ、お母さん。ありがとう!」といったのだ。一瞬、「サクラか?」と思うほどのドラマティックな展開に、室内はどよめいた。それから、みなの顔が一斉にほころんだ。2人の参加をOKした島崎先生も、おおいに満足そうである。

この瞬間、「腰痛は家庭で治す」という理想に向かって、神の手千本プロジェクトが、大きな一歩を踏み出したのだった。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング
    このエントリーをはてなブックマークに追加

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
143
会田先生に再会してからというもの、先生の紹介で美大の教授たちが次々と来院するようになった。うちは紹介性のシステムなので、クチコミほどありがたいものはない。それでも学長まで来られたときには、何だか恐縮した。

そのなかには、私が学生のときに課外講座で水泳を教わった、体育の河合先生もいた。先生の的確な指導のおかげで、私は水泳が得意になったし、今でも泳ぐのは大好きだ。

その河合先生が突然ぎっくり腰になった。それを聞きつけた会田先生が、「腰痛なんだったら、ぜひ!」といって、私を紹介してくださったそうだ。

河合先生にお目にかかるのは卒業以来なのに、先生はなぜだか私のことをよく覚えておられて、「あれから何年たつ?オレは来年退官なんだゾ」といってなつかしそうにしてくれた。

先生は若く見える。もう有に20年以上たっているはずなのに、私が学生のころとちっとも変わっていない。相変わらず筋骨隆々だ。それでも腰痛になるんだから、やっぱり腰痛と筋力の強弱とは別モノなのだろう。

先生は、話しながらちょっと姿勢を変えるたびに、苦痛で顔がゆがむ。かなり痛そうなので、早く治してあげなくちゃ。まずは背中を見せてもらうと、セオリー通りに背骨が左に大きくズレていた。

「ここがこういう風にズレると、腰痛になるんです」

そう説明しながら、ズレている背骨に指を当てて軽く矯正してみた。すると大きくズレていた骨が、すぐに定位置におさまってくれた。矯正をくり返す必要もないほどだ。なんと聞き分けのいい骨だろう。これなら症状にも変化があるはずだ。

「先生、どうですか?」

「え、もう終わったのか?」

あんまり短時間だったので、先生は半信半疑で立ち上がると、腰を曲げたり伸ばしたりして痛みがないかをたしかめた。

「ホー、さすが評判通りだナ!」

そういうと、教え子の成長を愛おしむように目を細めた。そのあとも、いかにも体育の先生らしいキビキビとした動きで、ラジオ体操みたいな動きをくりかえしている。しばらくすると、もう安心したのだろう。

「どうだ、ちょっと行くか?」

右手でクイッと盃を傾ける仕草をして、私に向かってニヤリと笑った。

それで思い出した。河合先生といえば、とんでもない酒豪として学内で有名だったのだ。水泳合宿で伊豆に行ったときだって、指導の合間も酒を欠かさなかったほどである。

「すみません。まだ患者さんの予約があるので。でも、背骨のズレを矯正した日は血流がよくなって、酒がいつもよりも回りやすくなりますからね。気をつけてくださいね」

これは、来院した患者さんには必ず伝えていることだけど、きっと河合先生にはいうだけムダだっただろう。

次の日の朝、「先生はあのまま飲みに行ったのかな~」なんて考えていたら、当の先生から電話がかかってきた。腰痛がぶり返したのだろうか。ところが電話に出てみると、どうも先生の様子がおかしい。

「いや~、キミのおかげでナ、今朝スゴかったんだ。ホントにすごい効果だヨ」

先生があんまり「すごい、すごい」とくり返しているから、私はてっきり腰痛が治って調子がいいのだと思って聞いていた。だが何かがちがう。

「全く久々だよ~、ここんとこ全然ダメだったんでナ、いや、ホントにありがとナ」

お礼をいわれた私は、反射的に「イエ、どういたしまして」と答えてその場は終わった。

電話を切ってしばらくたってから、私はハタとひざを打った。そうだ!あれは腰痛が治ったからじゃない。先生は今朝久しぶりに、男性機能が回復したのがうれしくて電話してきたのだ。

たしかにそういうこともあるだろう。背骨のズレの矯正で腰痛が治ったら、いっしょに生理痛や尿もれ、便秘まで解消したという話は患者さんからよく聞いていた。

しかし背骨のズレが、EDにまで影響していたなんて話は初めてだ。これまでにも、腰痛といっしょにEDが治った人はいたのかもしれない。だが男性機能の話なんて、男同士でもあまり口にすることはないから知らなかった。さすが美大の先生ともなると、開けっぴろげなのがイイ。

そもそも、背骨のズレを矯正すると、ズレによって滞っていた血流が回復する。そのせいで、ふだんよりも酒がよく回ったり、薬の効果が強く出たりもするのだ。それなら矯正で血流がよくなったことで、男性機能にも影響があると考えるのは、論理的にもおかしくないだろう。

そうなのか~。だが待てよ。この分だと河合先生は、酒の席でもこの話をする可能性が高い。そこにEDで悩んでいる人がいたら、先生の紹介で来院するかもしれない。特にアッチ方面はクチコミになりやすいから、大いにありうることだ。

でもそれってどうなんだろう。もちろん私は、患者さんの選り好みができるご身分ではない。しかしヤル気満々の初老男性が、私の元へ大挙して押し寄せるような状況は、ちょっとご遠慮申し上げたい気がしないでもないのだった。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング
    このエントリーをはてなブックマークに追加

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
 141
この前、恩師の会田先生に会いに母校の大学まで出かけていったら、文化人類学の関口先生を紹介された。

先生は医者で、なおかつ現役の探検家でもあるから、大学教授としては異色の経歴だ。彼は若い時分から世界中の未開の地を歩き回り、時には彼らと生活を共にしながら現地で医学調査も実施してきたのだという。

しかし、極限の環境で探検をくり返してきたとは思えないほど、その物腰はおだやかだ。先生がポツリポツリと語る内容は、私が初めて聞くことばかりで、いくらでも聞いていたいほど興味深いものだった。

先生はゆっくりとつづけた。

「ああいうところには、血圧が130以上の人なんかいません。腰痛の人も見たことありません」

このデータは、先生が直に調べてきた一次情報なのだから、説得力がちがう。それなら、これまで医学常識のようにいわれてきた、「腰痛は人類が二足歩行を始めたせいだ」という説も全く成り立たなくなる。

先生からお話を聞かせていただいたあと、帰路についてからも、私はしばらくそのことばかりを頭のなかで反芻していた。ヨシ、今度お目にかかる機会があったら、いろいろ質問してみよう。

それから数日たったある日、私の携帯電話が鳴った。知らない番号からだ。電話に出ると、「ムサビのセキグチです」といったきり、声が途切れた。

「アレ?電波が悪いのだろうか」と思ったが、どうやらつながってはいるようだ。私の頭が「???」でいっぱいになったころ、ようやく「実は」とつづいたのでホッとした。

ふつう電話ってのは、かけた人から用件を話してくれなくちゃ会話が成り立たない。かけてきた本人が黙ったままでは、こちらは不安になってくる。テレビなら放送事故である。

しかしそこは関口先生だ。未開の地で現地の人たちと暮らしてきただけある。先生の間合いは並の人間とはちがっているのだろう。先生のフィールドである南米からでもかかってきたみたいで、私はその「間」に妙に感心した。

肝心の電話の用件は、知り合いのお嬢さんの腰痛を診てほしいという依頼だった。先生は先日、私の施術を受けたあとも体調がいいそうだ。そこで自分の周りの人も治してあげたいと思ったのだろう。男性にこういう人はめずらしいから、文字通りありがたい話である。

そのお嬢さんはまだ中学生で、部活でバレーボールに熱中していた。ところがあるときから腰が痛くなって、病院で治療を受けても治らなかった。それどころか、担当の医師から「バレーボールをやめなさい」と指導されたのがショックで、精神的にもまいっているのである。

もちろん医師でもある関口先生からの依頼なら、私が断る理由などない。会田先生も、「腰痛なんだったら、Mくんに頼むといい」といってすすめてくださったそうなので、期待にはお応えしたい。

とはいえ、100%治る保証はないので、「まずは体の状態を見てみましょうか」といって、保護者同伴で来院してもらうことにして電話を切った。

実際のところ、このお嬢さんみたいな話は、私にしてみたらよく聞くことなのである。医師から「スポーツをやめなさい」どころか、「仕事をやめなさい」とまでいわれた腰痛患者だって、何人も診たことがある。

しかし「治らない」といわれた腰痛でも、腰の骨のズレを矯正したら痛みは消えた。みな、仕事もスポーツもそのままつづけている。彼らの腰痛はズレが原因だったから、そのズレをもどせばいいだけだったのだ。さて今回のお嬢さんはどうだろう。

次の日曜日、母親に連れられてやってきたリコちゃんは、バレーボールの選手だというわりには小柄である。母娘2人で部屋に入ると、お母さんはおもむろにバッグからレントゲン写真を取り出した。

「この子の腰椎は6個もあるんです。お医者さんは、それが腰痛に関係しているというんです」

彼女は私に写真を見せながら、病院での経緯を説明した。聞けば、彼女はプロの鍼灸師で、医学的な知識も豊富である。娘の腰痛も自分が鍼(はり)で治そうとしてみたが、なかなか手ごわくてそれほど効果がなかったらしい。

レントゲン写真を見ると、確かにふつうは5個のはずの腰椎が6個ある。だが6個だからといって、別に問題があるわけではない。首の骨だって7個がふつうでも6個の人はわりといる。そのせいで首が短く見えることもあるけれど、機能的には問題ない。

人間の骨の数なんて、進化の過程でいくらでも変化してきたのだ。それを私は本で読んで知っていた。腰痛は、腰の骨がズレているかどうかが問題で、骨の数は問題にはならないはずだ。

早速、リコちゃんの背骨を確かめてみると、案の定、腰椎の上から3番目、下から4番目が大きく左にズレていた。コレだ。ズレがあれば、症状が出るのは当然の結果である。

「ほらね、ここがズレていますよね」

お母さんにも、そのズレを指先で確認してもらってから、私が指でゆっくりと矯正してみせる。自宅でもやってもらうために、矯正のコツを説明しながら、同じ動作を何度かくり返す。

すると難なく、リコちゃんのズレていた背骨は定位置におさまった。「腰の具合はどう?」とたずねると、言葉よりも先にほほがゆるんだ。それを見ていたお母さんも、表情が一瞬でパッと変わった。

「鍼ではこんな変化はありませんでした。こんな治り方はしませんでした」

プロの治療家であるお母さんは、手技による矯正の効果にかなりおどろいている。プロからほめられるなんて、私もうれしい。これなら、紹介者である関口先生の顔も立つだろう。今日はうまく治ってくれてよかった。

それにしても、未開の地に腰痛患者がいないのなら、背骨がズレた人もいないのだろうか。彼らと私たちのちがいって何だろう。そのちがいがわかれば、ズレの原因もわかるんじゃなかろうか。私はまたジグソーパズルのピースを1つ見つけたみたいで、なんだかワクワクしてきたのだった。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング
    このエントリーをはてなブックマークに追加

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
115
私がまだ20代のころ、親戚中でいちばん仲良しだったいとこが、腰痛で入院したことがあった。昭和の時代には、腰痛といえば年寄りか新婚さんのモノと相場が決まっていた。それなのに若くて健康で独身の彼が、腰痛で入院するなんてよほどのことだ。

当時は腰痛で入院した人の話なんか聞いたことがなかったから、私は心配になってわざわざ見舞いに行った。いつもはふざけてばかりの彼も、この日は神妙な面持ちで大部屋のベッドで横になっていた。

これから手術でもするのかと思ったら、今の医学では腰痛を治す決定打がないから、ひたすら痛み止めの薬を飲んで寝ているだけらしい。これは意外だったのを覚えている。

あれから20年以上が過ぎた。もう時代は平成に移ってしばらくたつけれど、腰痛患者たちの状況は今でも変わっていないようだ。だが、私が見つけた「背骨は左にしかズレない」という法則が広く知られるようになれば、腰痛治療の世界も大きく変わるはずだ。

今日はそのための第一歩である。この機会に腰痛の山形くんをモデルにして、ここの生徒さんたちにも腰痛の治し方を覚えてもらおう。そこでまずは、治療台に腰かけた山形くんの背中を見てもらいながら、背骨のズレの見つけ方から説明を始めた。

整体などの既存の民間療法でも、背骨のズレを見つける方法はある。施術を仕事にしている人なら、そのやり方はある程度は心得ているものだ。ところがその方法では背骨を1つずつ丹念に調べていくので、逆にどこがどうズレているのかがわかりにくい。

私のやり方では、左右の人差し指の先で、背骨の両脇を上から下に向かってスーッとなぞる。これなら、なぞった指が描く軌跡を見るだけだから、一瞬で背骨がズレている位置がわかる。

本来なら指で引いた線は直線になるはずだが、背骨に沿って引いた線が大きく左に曲がることがある。その曲がり角が背骨がズレているところだ。これで腰などの痛みの原因が特定できる。

こうやって指先でズレを見つける方法は、特殊美術の仕事でつちかったテクニックの応用だ。特殊美術では、仕上げた立体物が自分のイメージした形になっているかどうかを、目で見るだけでなく指先でサラッと触れて確かめる。

人間の指先にはたいへんすぐれたセンサーがあるので、慣れてくるとミリ単位以下の形のちがいもハッキリとわかるようになる。もちろん目で見ただけでもわかるけれど、目からの情報にはだまされることがある。その点、指先の感覚はウソをつかないから信頼できる。

またその対象が人体なら、指で触れることによって、形だけでなく熱や腫れの度合い、硬さや質感のちがいまでわかってしまう。私はこの技術を使うことで、かなり具体的に患者さんたちの不調の原因を特定できるようになっていた。

しかし特殊美術のテクニックではあっても、この技術はそれほど特殊なものではない。そのつもりでちょっと訓練すれば、だれでもできるようになる。そう説明してから、山形くんの背骨のズレを他の人にも確認してもらう。

ところが背骨の横を指でサラッとなぞっていくだけなのに、思ったよりもみな悪戦苦闘している。「できない、できない」とつぶやいているうちに、いつのまにか慣れ親しんだ旧式の方法で背骨を1つ1つ調べ出していた。

新しい技術の習得はなかなかむずかしいものだろうが、案外、全く未経験の人のほうが覚えが早いのかもしれない。例によって、私の教え方にも問題があるのだろうか。

あまり長引かせると、同じ姿勢をつづけている山形くんがかわいそうだ。今日のところは、とりあえず私が彼の背骨のズレをもどしてあげることにした。

山形くんの背骨の両脇を両手の指でサッとなぞると、やはり目星をつけていた通り、腰の3番目の骨が左に大きくズレている。腰痛の場合、ズレが大きいから症状が重いとは限らないが、これだけズレていれば確かに痛みもひどいだろう。

ズレた骨を正しい位置にもどすのは、積み上げた積み木をまっすぐにする作業に似ている。ズレているのは必ず上に乗っているほうの積み木だから、これさえまちがえなければ、あとはかんたんだ。

最初に、ズレている骨の左側に左手の親指の先を当て、その真下にある骨の右側に右手の親指の先を当てる。次に、左手の親指を右側へ向かってやさしくすべらせる。それと同時に右手の親指は左に向かってすべらせる。決して強い力で押さないのがコツだ。

この作業を何回かくり返すと、少しずつ骨が動いていく感触があった。そろそろよさそうだ。山形くんにも、矯正の効果が徐々にわかってきたようだ。

そこで、見ている人たちにもわかるように、あえて「腰どお?」と聞いてみる。すると彼は、体を左右にひねってみてから「いいみたい」といった。さっきまでクッキリと刻まれていた眉間のシワが消えている。彼の表情が明るくなったのを見て、大外先生もホッとしている。

ここで改めて、「背骨は左にしかズレない」と説明すると、生徒の一人が、「それじゃ痛みは左にしか出ないのか」と聞いてきた。これはだれにでも浮かぶ疑問なので、「待ってました」とばかりに、ズレは左だけでも痛みは左右のどちらにでも出るしくみの説明に入った。

しかしどうもよくわからないようで、みなポカンとしている。また失敗した。立体や動きの説明を言葉にするのは、本当にむずかしい。あれこれ説明の仕方を工夫しているうちに、だいぶ時間がたってしまっていた。

ここは整体の学校だ。私も卒業生の一人だとはいえ、整体ではない私の手技の説明を、そう長々とつづけるわけにもいかない。それに気づいたので、「では、この説明はそのうちゆっくりと」といって説明を終えた。

するとそれまでだまって聞いていた大外先生が、また私に向かって「師匠!」と叫んだ。そして「この勉強会を定期的に開いてくれませんかッ」といって、興奮気味に肩を上下させた。それこそ私の願いでもある。私はうれしくなって、ジンジンする鼻を抑えながら何度も大きくうなずいていた。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング
    このエントリーをはてなブックマークに追加

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
108
激しい腰痛のせいで、寝たきりになりかけていた春子さんの施術が終わった。ここまで車に乗せてきてくれた樹森さんや、春子さんのお嬢さんたちとみんなでお茶を飲んでくつろいでいると、腰の痛みが消えて饒舌になった春子さんの口から、長女が3年前にくも膜下出血で突然亡くなった話を聞いた。

さらに春子さんの夫も、10数年前に原因不明で急死したのだという。ひょっとしたら、二人とも動脈瘤が破裂して亡くなったのではないか。そんな疑いが私のなかに湧いてきた。

動脈瘤は、動脈の一部が風船のようにふくらんでコブになっている状態だ。脳や腹部にできたコブが何かのタイミングで破裂すると、突然死の原因になるのである。

動脈瘤といえば、1年ほど前に帰省したときのことを思い出した。夕食のあと、家族でテレビを見ていると、父がしきりにトイレに立つのが気になった。「どうした?」と聞くと、「いや~最近、妙に腹の具合が悪くてナ」という。

背骨がズレていると頻尿になる人も多いが、同じようにズレが腸に影響することもある。そういえばここしばらく、父の体をチェックしていなかったから、背骨がズレているのかもしれない。

父に横になってもらうと、まずは調子が悪いというおなかに手を当ててみた。するとポーンと張っている。しかも服の上からさわっただけでも、おなかの表面に妙なザラつきがあるのがわかる。

これは例のイヤな感触なのだ。ひょっとして大腸にがんがあるのかもしれない。大腸がんで下痢がつづくこともあるから、いよいよ怪しい。父は病院嫌いなので、これまで大腸がん検診など受けたことはない。しかしこのおなかは明らかに異常だから、検査が必要だ。

幸い兄は医者なので、近いうちに札幌にある兄の病院で検査してもらうようにすすめた。ところが父はあまり気乗りがしないらしくて、行くのを渋っている。まさか今の段階で、「がんがあるかもしれない」などと伝えるわけにもいかない。

どうしたものかと弱っていると、そばで二人の会話を聞いていた母が、「アンタ、行っといで」とかなり強い口調で命令した。もちろん父は母には逆らえないので、週明けに兄の病院で検査を受けることに決まった。

それから数日たったころ、東京にもどった私の元へ兄から電話がかかってきた。電話なんて久しぶりだったが、いきなり「CT撮ったら腹部大動脈瘤だったよ。5センチほどだけど形が悪いから手術だな」と早口でまくしたてる。つづけて「手術の日程が決まったら連絡する」といって電話が切れた。

腹部大動脈瘤だったのか。この診断結果は私としては意外だった。実家で父のおなかにさわったとき、深追いしなくてよかった。マッサージ店でおなかをマッサージしてもらっているときに、動脈瘤が破裂して救急搬送された人もいるらしいから、危ないところだった。

動脈瘤は命にかかわることも少なくないというのに、あまり症状らしいものがない。そのため、本人がその存在に全く気づいていないことも多い。しかしいざ破裂しそうになると、脳動脈瘤では激しい頭痛に襲われるそうだ。私の父がおなかを頻繁に壊していたのは、腹部大動脈瘤の症状の一つだったのかもしれない。

さらに動脈瘤の厄介なところは、家族性で発症する点である。つまり父親がそうなら、私や兄にも動脈瘤ができる可能性があるのだ。春子さんの長女に脳動脈瘤があったのなら、他の姉妹にもそのリスクがあることになる。多分、原因不明で急死したご主人も動脈瘤があったのだろう。

長女がくも膜下出血で亡くなったと聞いて、私がとっさに春子さんの両手首を握ったのにはワケがあった。実は体のどこかに動脈瘤があると、手首の脈の打ち方に、左右でズレが生じる場合があるのを医師から聞いていたからだ。

いきなり私に手首をつかまれて、目を白黒させている春子さんにも、その説明をして脈を取らせてもらった。すると左右全く同じように打っている。指が当たる角度を変えて、何度か確認したが結果は同じだった。

背骨のズレを矯正したら急激に血流が変化することがあるので、もし春子さんに動脈瘤があったら危険だった。この状態なら、今後も矯正でめったなことは起きなさそうでホッとする。

家族性なのだから、ついでに娘さんたちの脈も調べておこう。次女、四女と調べていくと、二人ともしっかり同時に打っている。

これは私の取り越し苦労だったかと思いながら、最後に19歳の三女の脈を取ると、左右で明らかにズレて打っているではないか。まちがいであってほしいと思って何度も確認したが、やはり左右の脈のタイミングはズレていた。

私の表情がくもったのを見て、春子さんが心配気に「どうですか?」とたずねてくる。私は言葉につまりながら、「脈だけでは正確なことはわからないから、1回検査を受けてみたほうがいいかもしれないですね」と伝えた。

その途端、今まで明るかった室内の空気が、一挙に重くるしいものに変わった。そばでだまって見ていた樹森さんが、「ま、きっと大丈夫でしょ。そろそろ帰らなくちゃ」というと、私に目配せして帰り支度を促した。

私たちを玄関まで見送る春子さんの顔からは、すっかり血の気が失せている。せっかく腰の痛みが消えたのに、表情は前よりも暗く沈んでいる。それを見ると気の毒でたまらなかった。(つづく)

*小説『ザ・民間療法』全目次を見る
*応援クリックもよろしくお願いいたします!
にほんブログ村 小説ブログ 実験小説へ
にほんブログ村

長編小説ランキング

FC2ブログランキング
    このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ