小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:講習会

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2日間にわたる「神の手千本プロジェクト」第一弾、「腰痛講座」が無事に終了した。お世話になったサポートの先生たちといっしょに今から反省会、という名の打ち上げだ。向かった先は池袋駅近くの居酒屋「天狗」である。

素人さん相手の講習会は初の試みだったから、教える側も緊張した。だが、全国から集まった参加者さんたちは、たった2日でみごとに矯正の技をマスターしてくれた。そしてお互いに再会を約束して、それぞれが神の手への道を歩み始めたのだ。

「でもこんなに短時間で、素人がかんたんに技術を習得しちゃったら、そのうちプロの治療家なんか、要らなくなっちゃうのかもしれないっスね」

最初のビールがそろそろ終わりに近づいている。大外先生は次に頼む焼酎を選びながら、メニューに目を落としたまま真顔でつぶやいた。

そうかもしれない。矯正をマスターした人が家庭や職場にいれば、腰痛程度ならその場で治してもらえる。それはすなわち、患者さんが治療院に来なくなることを意味しているから、プロの治療家にとっては死活問題にもなりかねない。

だが、そんな後ろ向きな発想ではイカンのだ。これからのプロは、直接患者さんを治すのではなく、素人さんたちに治し方を教えるのが仕事になればイイと思う。

学校の保健体育の時間や職場の新人研修、カルチャーセンターあたりで、みんながこの手技を習うのが当たり前になれば、指導者のニーズはいくらでもある。さらに、プロを自負するのであれば、素人では治せないむずかしい症状だけ引き受ければいいのだ。

そのためにも、これからはどんどん指導者を増やしていかねばならぬ。それがわれわれの使命なのである。そんな未来を語っていたら、いちばん若手の森本先生が身を乗り出して、「じゃ、講習のDVDも作ったらいいンじゃないスか」と提案してくれた。

そうか、DVDという手があったか。
世の中には、治療家のDVDがたくさん出回っているのは私も知っていた。今回の講習会の募集をかけたときにも、地方での開催予定はないのかと聞かれたくらいだから、遠隔地の人はDVDで学べたら便利だろう。

「よ~し、ソレやろうそれ!」

手技の普及に向けて、みんなも大いに盛り上がっていた。とはいえ、こういう話はだいたいが酒の席だけのものである。私もDVDのことなんか、すっかり忘れて1週間が過ぎた。

今日も治療院での施術が終わったところで、打ち合わせのために杉本さんがやってきた。事務的な用事がすんで私が一息ついていると、杉本さんが突然、「近いうちに、先生のDVDを出すことになりました」という。

「ハ?いつのまに?」

彼女の話が唐突なのは毎度のことだが、さてなんと答えたものか。一瞬考えていると、「つきましては、タイトルには先生の療法の名前が必要なので、名前、考えてください」とつづけた。

どうやらあの反省会の席での話が、杉本さんサイドではすでに具体的に進められていたようである。それはありがたい。もちろん私も、新しいことにチャレンジするのは大賛成だ。

しかし名前か~。そういえば、私の手技にはまだ決まった名前がない。税務署相手には「整体」と書くしかなかったが、「整体」では東洋医学になってしまう。私の理論はあくまでも現代医学がベースなので、違和感が強い。

だが単なる「背骨の矯正」では、いかにもオリジナリティーに欠ける。そこでしばらくの間、「形態矯正」と名乗っていた時期もあった。

「形態矯正」は、人類史上最大の天才と自称していた、かのゲーテが考案した「形態学」からとった名称だ。これはこれでわかりやすかったし、ムサビの関口先生も、「オ、その名前いいじゃないか」と気に入ってくれていた。

ところがいざ、「形態矯正実践集中講座」なんて書くと、とにかく漢字だらけで硬すぎる。こういう名称は、柔道整復師とかの国家資格者には受けがいいけれど、とっつきにくそうで一般の人からは敬遠される。

「名前っていわれてもな~」と私が頭を抱えていると、杉本さんはさっさと見切りをつけて、ネットで何やら調べている。

「えーっと、形態学はモルフォロジーですから、モルフォロジーに基づいた療法ということで、モルフォセラピーではどうですか」

お、横文字ときましたか。モルフォセラピー、モルフォセラピー、略してモルセラ。何度も口に出してみた。いいにくくはないし、響きも悪くない。なんとなく文字ヅラの印象がやわらかいのもイイ。私は即座にOKした。

これで私の療法にもやっと名前がついたのだ。ヤッタ!だがのん気に喜んでいる場合ではない。杉本さんからは、来週までにDVDの撮影用の台本を考えてくる宿題が出た。

その台本を元にして、撮影監督と打ち合わせをすることになっているそうだ。監督に台本なんて映画みたいじゃないか。しかもその監督は、映画館で上映されるレベルの映画を作っている人らしい。それを聞いてちょっと緊張してきた。

私がまたまた「うーん」とうなっていると、杉本さんは「あの腰痛講座のときに作ったテキストに沿って、組み立ててみたらイイんじゃないですか」と助け舟を出してくれた。

それならできそうだ。これで神の手千本プロジェクトに向かって、またまた大きく前進できる。目の前が明るくなってニヤついていると、杉本さんは、「この手のDVDは大して売れませんので、あまり期待しないように」と釘をさす。

でも、でも、たとえDVDが1枚しか売れなくたって、その1枚から伝わった人が、大きく広めてくれるかもしれないじゃないか。DVDなら、国内のどこでも、いや海外にだって広まっていく可能性もある。

私には、このモルフォセラピーのDVDが世界中に羽ばたいて、千本の手に届けられる未来が見える。期待するなといわれても、やっぱり無性にうれしくなってしまうのだった。(つづく)

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アパートを出ると、今朝は快晴である。見上げると空が青い。2月のキーンと冷えこんだ空気に、吐いた息が白かった。今は冬の底だけど、春が近い気もしてちょっとうれしい。今日は池袋で、私の5回目の講習会が開かれる予定なのである。

これまで4回開催した講習会では、施術のプロが対象だった。ところがいざふたを開けてみると、キャリアの浅い人ほど新しい技術の習得が早そうなのだ。これは私だけでなく、補助についてくださった先生方にとっても意外なことだった。

「素人相手の講習会をやったら、おもしろいかもしれないですね」

4回目の講習会のあと、大外先生がそう提案してくれた。たしかに背骨のズレを矯正するだけなら、別にむずかしい技術ではない。勘のいい人なら、すぐに覚えてしまう。

プロ講習会の参加者のなかには、講習会の翌日、背骨のズレを矯正してあげた患者さんから、「先生って神の手ですね」といわれた人もいる。

神の手っていわれるなんてスゴイ。そのやり取りを横で聞いていた杉本さんが、「そんなに習得が早いのなら、神の手を大量生産できますね」といってフッと笑った。

神の手大量生産か、なるほどそれはいい。千手観音という神様がいるけれど、千手観音を1人作るより、5百人がマスターして、神の手が千本になるほうが現実的である。それだけ増えれば、日本中の腰痛患者が救われるじゃないか。

ああワクワクする。おもしろい。杉本さんも、「では、神の手千本プロジェクトですね!」と大乗り気である。なんだかプロジェクトXみたいで、中島みゆきの歌が聞こえてきそうだ。うれしくなって補助の先生方といっしょに盛り上がった。

そこで、神の手千本プロジェクトの手始めとして、まずは家庭で腰痛を治すための「腰痛講座」をやってみることに決まった。今回もメールマガジンで参加者を募集してみると、施術を受けたことのある患者さんたちも、大勢申し込んでくれた。地方からの申し込みもプロ講座以上の反響だ。

なかには、「娘が腰痛で苦しんでいるから、なんとかしてやりたい」というお母さんからの申し込みもあった。メール担当の島崎先生は、「それならその腰痛の娘さんも連れてきていいですよ」と返信してしまったらしい。

武闘派の大外先生とちがって、どこか文学青年風の島崎先生らしい、細やかな対応である。だが、ふつうこの手の講習会で、実際の患者さんを同伴していいなんて話は聞いたことがない。もしもその場で治らなかったら、信用失墜もいいところだ。

まあ、そんなことは百も承知でOKを出したのだから、島崎先生はよほどこの手技の実力を信頼してくれているのだろう。それはそれでありがたいことである。

開催にあたって、今回は大外先生や島崎先生だけでなく、プロ講座の修了生たちも補助についてくださった。なにせ、体のことなど何も知らない素人さんが相手なので、先生の数は多いほうが安心だ。

早めに会場についた私は、今日のテキストを見ながら段取りを考えていた。もうそろそろ時間だナと思って顔を上げると、部屋のすみにムサビの会田先生がいた。開催日程は伝えてあったけど、来られるかどうかは聞いていなかった。

先生は、「自分の体を献体として使ってくれ」といって、講習会のあるたびに、律儀に毎回参加してくださっている。いわば私の応援団長であり、保護者みたいな存在でもあるのだ。

その先生の隣に、どこかで見たことがある人が座ってニコニコしている。あれは、ムサビの関口先生じゃないか。あわててあいさつに行くと、「今日は見学させてください」といって、私に向かって頭を下げた。相変わらず腰の低い人である。

そうこうするうちに開始時刻になった。私が「では」といいかけると、あの腰痛の娘さんが、お母さんに支えられてやってきた。そして入室するなり、「早く座らせてっ」と悲鳴にも似た声を上げたので、室内に緊張が走った。

あまりにつらそうなので、とりあえず治療台の上で横になってもらった。すぐにでも治してあげたいけれど、ここはぜひともお母さんの手でやってもらいたい。

「このまま眠ってしまっても、立って歩き回ってもらってもかまいませんので、なんとか午後までがまんできますか」

そう私がたずねると、お嬢さんは目を固くつぶったまま、しっかりとうなずいた。

午前中は、私の施術方法の概要を伝える座学である。午後からは、みなさんお待ちかねの実技講習だ。最初に背骨のズレの見つけ方を伝えて、それからそのズレを矯正していくやり方を伝える。

手順がなんとなくわかったところで、いよいよ実践だ。先生と参加者とでペアになってやってもらうと、みな呆気ないほど短時間で矯正ができるようになっていく。やはり大外先生の予想通り、プロよりも飲み込みが早い。

実は、「自分はできる」と思っている人ほど上達が早い。「できない、できない」と思い込むタイプの人は、なかなか矯正がうまくいかない。この傾向は、プロでも素人でも同じだった。

あのお母さんはどうだろう。手元を見ると、スムーズではなくてもちゃんと矯正ができているのがわかる。そこでおもむろに、「では、お母さん、お嬢さんの腰痛を治してあげましょう」とうながすと、改めて室内に緊張が走った。

朝から腰が痛くて泣き顔のまま待っていた娘さんに、起き上がって座った状態になってもらう。腰痛がひどいと起き上がるのも一苦労だ。彼女の後ろに回ったお母さんは、今、習った通り、娘の背骨の両脇を指先でなぞってズレを探す。

指が止まったところで、「これ?」といって、自信なさげに大外先生の顔を見る。大外先生が「ウンウン」とうなずく。遠巻きに見ていた他の先生方も、大きくうなずいている。

それを合図に、お母さんは恐る恐るズレた背骨に左手の親指を当て、その下の背骨に右の親指を当てて、ソーッと動かした。その光景を、先生方も参加者たちも、みな固唾を飲んで見守っている。

お母さんは、同じ動作を何度かくり返した。もうよさそうだ。私が「じゃ、立ってみてください。腰の具合はどうですか」とお嬢さんに声をかけた。

すると彼女は、「あ、痛くない!痛くないよ、お母さん。ありがとう!」といったのだ。一瞬、「サクラか?」と思うほどのドラマティックな展開に、室内はどよめいた。それから、みなの顔が一斉にほころんだ。2人の参加をOKした島崎先生も、おおいに満足そうである。

この瞬間、「腰痛は家庭で治す」という理想に向かって、神の手千本プロジェクトが、大きな一歩を踏み出したのだった。(つづく)

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