小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:頚椎ヘルニア

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小説『ザ・民間療法』挿し絵099
手術の前夜、病院から逃げ出した瀬尾さんの話にもどろう。彼はそこで頚椎椎間板ヘルニアの手術を受ける予定だった。

しかし頚椎のヘルニアの存在は、一般的にはあまり知られていないようだ。腰椎の椎間板ヘルニアであれば、腰痛のもっとも多い原因の一つとして知られているが、頚椎のヘルニアのことまでは、瀬尾さんだって自分が診断されるまでは知らなかった。

だが私は、頚椎椎間板ヘルニアだと診断された人を、これまでに何人も診てきた。病院での診断名はヘルニアでも、ほとんどの場合は骨のズレをもどすことで症状が消えた。これは腰椎のヘルニアでも同じだった。

そうなると、ヘルニアという診断はいったい何だろう。ズレている骨を正しい位置にもどしたからといって、それでヘルニアが消えるわけではない。ヘルニアはそのままなのに、ヘルニアが原因の痛みが消えるわけがないから、これはふしぎなことだ。

同様に、瀬尾さんの腕に走る痛みの原因も、ヘルニアではなくズレのせいなのだろう。しかも病院で指摘された、7番目の頚椎の下にある椎間板ではない。4番目の頚椎が、左にズレているのが原因である。

そのズレさえもどせば、彼の症状も消えるはずだ。ところが瀬尾さんの症状は思いのほか激しかった。首の腫れた部分に、指先でちょっと触れただけでも腕に激痛が走ってしまうのだ。

さらに、首には重要な血管や神経が通っているので、ズレを矯正したら急に血のめぐりがよくなって、思わぬ症状が出ることもある。どういう反応が出るか見極められない状況では、安易にズレをもどすわけにはいかない。

私がためらっていると、瀬尾さんは「思いっきりやっちゃって!」とせかす。そばで見ていた山田先生も、「だいじょうぶヨ~」と明るくけしかける。

いいのか。やるしかないのか。いつもの半分くらいの力でやってみるか。意を決した私は彼の首に指を当て、ズレている骨をほんの少しだけ動かしてみた。すると即座に瀬尾さんは、「ウーーン、響く!」といって顔をゆがめた。私はヒヤリとする。

しかし彼は「大丈夫、ダイジョウブ、やってやって!」といいつづける。その声に支えられながら2度、3度と同じ動作をくり返した。私が使っている力は、それこそ首の皮を指先で軽く引っ張る程度である。それでも腕にはビンビンと痛みが響いてくるらしい。

ここで攻めつづけるのは危険だろう。一呼吸おいて、瀬尾さんの首から手を放す。彼の気を紛らわせるために、得意のサーフィンの話をしてもらう。行きつけの大洗海岸の話になったあたりで、少しずつ痛みがやわらいできたようだ。

慣れている人なら、ここで矯正を再開するところだが、初めての人に深追いは禁物だ。ここまでで、ある程度は矯正に効果があることがわかったので、日をおいて様子を見ることにした。

それから5日後、また山田先生の歯科クリニックに3人で集まった。前回はほんの少しズレをもどしただけなのに、2日ほどは矯正前よりも腕の痛みが軽かったそうだ。それが今は「また元にもどっちゃった」といって、瀬尾さんがしょんぼりしている。

しかしこれも施術の現場ではよくあるパターンだ。矯正の効果は、3歩進んで2歩下がる感じでも仕方がない。急激なことをしないで、少しずつ矯正をくり返していくのが安全である。

さあ2回目の矯正といこう。もう彼の頚椎の感じはつかめたので、前と同じやり方でゆっくりと矯正していく。実は頚椎の4番目の骨は、7個ある頚椎のなかでもいちばん薄くて扱いづらい。そのため4番のズレをもどすときには、相手の首を微妙な角度に傾けなければ、私の指先が届かない。

まずは右手を大きく開いて、バレーボールをつかむように頭をホールドし、相手には首の力を抜いてもらう。次に頭を支えた右手で、頭の角度をわずかずつ調整しながら、左手の親指の先を骨に当ててズレをもどしていく。この場合、左手で使う力は最小でも、頭を支える右手には相当な力が必要だ。

症状が激しいと、一気に治してあげたいと思うものである。だがそういうときこそ無理をせず、何度にも分けて慎重にトライする。しかしこのときあまりしつこく同じところばかりに触れていると、指先が当たる部分で首の皮膚がすりむけてしまう。これも気をつけなければいけない。

首の皮膚は体のほかの部分よりも敏感なのだろうか。瀬尾さんの首にも、私の指先のあとがついて赤くなってしまった。ところが彼は、「そんなものかまわないから、グッとやってグッと!」と要求する。

そこで、できるだけ刺激しないように、指の位置や角度をいろいろ変えてみる。そうやって悪戦苦闘するうちに、腕の痛みがもう一段階、引いてきた。彼も「これはいけるかも!」と期待が高まってくる。脇にいる山田先生も、スポーツ観戦みたいにエキサイトしているのがわかる。

もちろん私だって観客の期待には応えたい。しかし施術は安全が第一だ。ノリや勢いで自分のペースを変えてはいけない。やはりここは焦らず、またまた次回の矯正へと希望を託すのだった。(つづく)

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小説『ザ・民間療法』挿し絵097
干ししいたけの軸をかんだら、ポロッと差し歯が落ちた。あわてて鏡を見ると、そこには前歯が一本抜け落ちて、ギャグ漫画にでも出てきそうな情けない顔が映っていた。これでは人に会えない。あわてて山田先生に連絡して、歯をつけてもらうことにした。

山田先生は、子宮頸がんで亡くなった田口さんを紹介してくれた歯医者さんである。あれ以来、先生にも定期的に施術しているが、私も先生から歯の治療を受けていた。

そもそも私は歯が丈夫ではないので、子どものころから歯医者とは縁が切れない。ところが歯医者選びには、いつもたいへん難儀していたのである。

以前は、高校の友人のSくんがやっている、実家近くのクリニックに通っていた。彼ならいつもタダ同然で診てくれるけれど、なぜだか時間がかかりすぎる。そのうえ、やたらとレントゲンを撮りたがるのも難点だった。

レントゲンを撮れば被曝する。わずかとはいえ発がんのリスクがあるから、できればあまり歯医者には行きたくない。その点、山田先生は、私が頼めばレントゲンを撮らないで何とかしてくれる。

彼女は私にだけ親切なわけではない。日ごろから、貧しい外国人労働者たちの歯を、無料で治療してあげているのだ。今時、こんな尊敬できる人はめったにいないと思う。

そんな山田先生から、「診てもらいたい人がいるの」という電話がきた。また、がんの人だろうか。私はちょっとひるんだが、この前もお世話になったばかりだし、ちょうど時間も空いていたので、先生のクリニックまで出かけた。

恐る恐る診察室をのぞくと、元気そうな男性が診察台にチョコンと座っている。一目見て、がんではなさそうなのがわかってホッとする。ファッション関係の仕事をしているという瀬尾さんは、焼けた肌にフワリと流した髪がいかにもおしゃれだ。30代ぐらいだろうと思ったら、実際には45歳になったところらしい。

話を聞くと、数か月前から急に左の腕が痛みだして、日ごとに痛みが増しているそうだ。もちろんすぐに近所の整形外科を受診したら、頚椎(首の骨)のヘルニアだと診断されたのだという。

しかしあまりにも症状がひどいので、大学病院を紹介され、そこのT教授の執刀で頚椎のヘルニア部分を切除することになった。

ところが手術の前日、瀬尾さんが覚悟を決めて病室で横になっていると、突然、助教授の先生が現れた。顔だけは知っていたが、瀬尾さんの主治医ではない。どうしたのかと思っていると、彼は周囲を気にしながら近寄ってきた。そして緊張した面持ちで瀬尾さんの耳に口を寄せると、「このまま逃げなさい」とささやいたのである。

いきなりそんなことをいわれた瀬尾さんは面食らった。しかし先生の真剣な表情に、ただならぬものを感じた。助教授の立場で、わざわざ「逃げろ」といいに来てくれるからには、よほどのことだろう。絶対にT教授の手術を受けてはいけないという意味だとわかって、彼は急いで荷物をまとめて病院を出た。

とはいえ、腕の痛みは相変わらずなのである。その病院を紹介してくれたのは近所の医師なので、もうまわりに相談できそうな医療関係者もいない。彼はほとほと困り果てていた。

そこで思い出したのが、いつも歯の治療をしてもらっている山田先生の存在だ。彼から相談を受けた山田先生は、「それなら!」と即座に私に連絡してきたというわけである。

早速、瀬尾さんの体を見せてもらう。サーフィンが一番の趣味だという話の通り、いかにもスポーツマンらしい体つきをしている。腕の痛みはさらに悪化して、今では痛くて横になって眠ることもできないので、半分体を起こした状態で寝ているそうだ。

病院の診断では、7個ある頚椎の一番下の椎間板が飛び出して、ヘルニアになっているのが腕の痛みの原因だといわれていた。そのヘルニアの部分を手術で切り取る予定だったのだ。

頚椎ヘルニアの人は、原因のある場所が腫れているのが普通である。その腫れた部分に軽く触れると、腕の症状が出ているあたりに、ビッと鋭い痛みが走るのがパターンだ。

確かに、瀬尾さんの左腕の部分には腫れも何もない。やはり頚椎からくる症状なのだろう。ところがヘルニアがあると診断された1番下の頚椎の部分を見ても、そこには全く腫れがない。試しにそのあたりに手で触れてみても、少しも痛くないらしい。

おかしいなと思いながらふと見ると、首の真ん中あたりにある4番目の頚椎が左に大きくズレていた。そこがしっかりと腫れている。その部分に触れてみると、瀬尾さんは「ウッ」とうなって顔をしかめた。私の指先がわずかに触れただけで、彼の左腕に激痛が走ったのだ。これだ。明らかにこいつが犯人だ。

これは椎間板のせいではない。4番目の頚椎そのものがズレることで、腕に痛みを出していたのである。一緒に見ていた山田先生にも確認してもらうと、彼女も「まちがいないわね」と大きくうなずいた。

これなら確かに、あのままT教授の執刀で手術を受けても、瀬尾さんの腕の痛みは消えなかっただろう。診断はどうあれ、結果として助教授の判断は正しかったのだ。瀬尾さん本人も「助かった~」といって笑っている。

しかし原因がわかったからといって、彼の腕の痛みはそのままだ。これはかなりの重症なので、私もそう簡単に手を出せない。サア、これからどうしたものだろう。(つづく)

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