小説『ザ・民間療法』花山水清

人体の「アシンメトリ現象」を発見し、モルフォセラピー(R)を考案した美術家<花山水清>が、自身の体験をもとに業界のタブーに挑む! 美術家Mは人体の特殊な現象を発見!その意味を知って震撼した彼がとった行動とは・・・。人類史に残る新発見の軌跡とともに、世界の民間療法と医療の実像に迫る! 1話3分読み切り。クスッと笑えていつの間にか業界通になる!

タグ:骨のズレ

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小説『ザ・民間療法』挿し絵046

開業して半年も過ぎると、だんだんと整体の仕事にも慣れてきた。もちろんまだまだ知らないことばかりで、毎日が勉強に次ぐ勉強だ。それでも学生のころとちがって勉強が全く苦にならない。知識はすぐ実践に反映されるので、そこに充実感もあった。

そんなある日、助産師の酒井さんから「診てもらいたい男の子がいる」と電話があった。酒井さんはベテランの「オッパイ先生」で、お母さんたちからの信頼が厚い。私も酒井さんをプロとして尊敬していたので、彼女の頼みならなんとしてでも診てあげたい。ところが私にはためらいがあった。

実は私は妊娠初期の人や、子供への施術は極力お断りするようにしていた。ヘタに体を刺激して、何か不都合が生じても責任が取れないからだ。しかし酒井さんはそれを承知で、「何もしなくていい。体をチェックするだけでいいから」といって重ねて頼んでくる。

酒井さんがそこまでいうのには理由があった。聞けばその健太くんは、出産時のトラブルで脳性麻痺になって、今やっと4歳になるところらしい。彼のお母さんに会ったとき、酒井さんがつい私の話題を口にした。すると「ぜひとも診てもらいたい」という話になって、承諾してしまったのだった。

健太くんの家には酒井さんもついて来てくれるという。そこまでいわれてはさすがに断れないので、とりあえず一度だけうかがってみることにした。

健太くんがご両親と住んでいる家は、私のアパートからは少し遠いところにある。電車を乗り継いだ先にある地下鉄の終点で、酒井さんと落ち合った。そこからしばらく歩いて、こぢんまりとした2階建ての家の前まで来ると、酒井さんは「田中」と書かれた表札の横に手を伸ばし、慣れた手つきで呼び鈴を押した。

呼び鈴の音が鳴ったかと思うと、勢いよくドアが開いた。なかからは40代の田中さんご夫妻と、歩行器に乗った健太くんが出迎えてくれた。その後ろからは、妹のミクちゃんまで顔をのぞかせている。家族総出でのお出迎えである。

酒井さんの姿を見た健太くんは、これ以上ないほどの笑顔を見せていた。その表情からは、彼が酒井さんのことが大好きなのが伝わってくる。そこで酒井さんが健太くんと遊んでくれている間に、私はご両親から、出産時のいきさつや今の状況などをうかがうことにした。

医者からは、「この子は生涯、しゃべることも歩くこともできない。ふつうの子のようには知能も発達しない」と診断されていた。だから両親としても、決して脳性麻痺が治ることなど期待していない。ただ、せめて「パパ、ママ」とだけでも呼んでもらいたい。そんな願いを抱いているというのだ。

子供のいない私でも、ご両親の切ない気持ちはわかる。そうはいっても、私ごときが願いを叶えてあげられるはずもない。しかし大歓迎を受け、お茶やお菓子まで出していただいて、話だけ聞いて帰るわけにもいかないから、健太くんの体を見るだけは見せていただこう。

そもそも私は子供の扱いが非常に苦手である。まわりに子供がいないので、どのように接していいかがわからない。子供の体はきゃしゃだから、壊れてしまいそうで触るのがこわいのだ。しかしそんな私の心配をよそに、健太くんは最大限にウェルカムな笑顔で私の緊張をほぐしてくれた。

下半身の麻痺なら、テレビ局のスタッフだった男性や、インドで会ったミシェルの体で知ってはいた。彼らは背骨の一部が万力で上下から圧縮したようになっていて、まわりの筋肉もコチコチに固まっていた。あの二人の体のことを思えば、あれが正常な状態にもどせるとはとうてい考えられない。

ところが実際に健太くんの背中を見ると、体の状態は彼らとは全くちがっていた。麻痺に特有のあの変化が見られないのだ。これは予想外のことだった。

「ハテ、これでどうして下半身が麻痺しているのだろう?」

これが私の第一印象なのだった。(つづく)

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045
最近また釣りを始めた。始めたといっても、月に1回も行けるわけではない。それでもふとした瞬間に、「今度は何を釣ろうか」と考えるだけで楽しい。

もともと田舎育ちの私は、子供のころから近くの川で釣りをするのが好きだった。しかし大人になるにつれ、釣りに行くこともなくなった。都会暮らしになると、なおさらその機会もない。今でも余裕があるわけではないが、釣り好きの高旗さんに誘われて再開したのである。

カースタントの高旗さんには、特殊美術の仕事のころからお世話になっている。彼は仲間から「ボス」と呼ばれて尊敬される存在だ。大の釣り好きとしても有名で、しょっちゅう自分で船を出しては大物を釣り上げていた。地元の漁師さんからも一目置かれるほどだから、話を聞いているだけでもワクワクする。

私も趣味は同じだが、あいにく船酔いするタチなので船釣りは苦手だった。ところがこの日はあまりに天気がよかったので、誘われるままにボスと二人で相模湾の小さな漁港まで釣りに出かけたのである。

釣りというのは、行けば必ず釣れるわけではない。釣りをしない人には理解できないらしいが、釣り好きなら、釣れても釣れなくても楽しいものなのだ。この日もポカポカとした春の陽気のなかで、のんびりと釣り糸を垂れて久しぶりにくつろいでいた。

すると突然、後ろのほうでドカンと大きな破壊音がした。釣りをしている港の後ろには国道が走っている。音がした方角に目をやると、モウモウと白い煙が立ちのぼっていた。「あ!」と思ってボスの顔を見ると、ボスは「行ってみよう!」とだけ告げて国道に向かった。

そこには大型のタンクローリーが横倒しになっていた。自動車事故である。車の前に回ると、運転席のフロントガラスを突き破った状態で、男性がぶら下がっていた。タンクからは積み荷の液体が漏れ出して道路に広がっている。そこから白い煙があたり一面に充満しているのだ。これは何だろう。

漏れた液体が引火物なら爆発の危険がある。しかも車のエンジンがかかったままなので、ガソリンが漏れてくれば一気に爆発してしまう。これがとてつもなく危険な状況であることは私にもわかった。事故の音を聞きつけて集まった近所の人たちも、近づくわけにもいかないので遠まきに見ているだけだった。

ところがそんな状況でも、ボスはためらうことなくまっすぐに車に駆け寄った。カースタントで幾多の危険をかいくぐってきただけに、反応速度が素人とは格段にちがう。即座に積み荷の表示を確認し、「温泉の湯だ!」と叫ぶなり、横倒しになった車の下にもぐりこんだ。

道路に漏れ広がっているのはお湯でも、エンジンがかかったままではいつガソリンに引火して爆発するかわからない。運転手を助けるには、まずはエンジンの停止しかないと判断したのだ。

すかさず私も運転席によじ登り、窓からぶら下がったままの男性を助け出そうとした。彼はフロントガラスを突き破った際に、頭の皮が半分ほどはがれていた。あたりは血だらけだ。声をかけても全く反応はない。首に指を当てると、かすかに脈があった。なんとしても助けたい。

ところが力いっぱい引っ張っても、押しつぶされた運転席に脚がはさまっているようで、彼の体はビクともしなかった。

そのタイミングでボスがエンジンを止めた。おかげで爆発の危険はなくなったので、近くの人に脚立をもってきてもらう。それを足がかりにして運転席にもぐりこみ、ボスと二人で悪戦苦闘した。あまり手荒なこともできないので途方に暮れかけたころ、ようやく消防のレスキューが到着した。

ここでホッとしたが、5~6人のレスキューの手でもなかなか脚は抜けてくれない。それから何分たっただろうか。脚をはさんでいた部分を機械で押し広げ、やっとのことで体を引き出した。しかし担架に乗せたときには、もう彼の脈は消えてしまっていた。

彼が救急車で運ばれるのを見送ったところで、自分の手が血だらけなのに気がついた。その手をタンクローリーから漏れ続けている温泉のお湯で洗いながら、彼の家族のことを思った。

まだだれも彼が事故に遭ったことなど知らずにいる。夕方になれば、仕事を終えた彼がいつものように帰ってくると思っているだろう。しかし事故の知らせが届いたら、一瞬でそんな日常など吹き飛んでしまう。これはだれにとっても、決して他人事ではない。

釣り場にもどっても、ボスも私も釣りを続ける気にはなれなかった。おしだまったまま道具を片づけ、帰路につく。重たい空気に包まれた車内で、運転席のボスが、「君のそんな真剣な顔は初めてみたナ」とつぶやいた。

確かに、私は自分の人生にそんなに真剣に立ち向かってこなかった。いい加減に生きているように見えたかもしれない。そんな私でも、赤の他人とはいえ、人の死に立ち会うことは大きな衝撃だったのだ。

整体の仕事を通して人の生死にかかわるようになると、いやでも真剣にならざるを得ない。ただこれまでの私は、そのことをまだ知らなかったのである。(つづく)

モナ・リザの左目 〔非対称化する人類〕

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*小説『ザ・民間療法』全目次を見る 043
私の親しい友人である寺田さんは、ロック専門の音楽事務所をやっている。彼の紹介のおかげで、ロックミュージシャンたちからの予約も多くなっていた。

音楽の好みとしては、私はロックよりも圧倒的に藤圭子のファンである。だが、私は金髪のロングヘアーだし、(栄養失調で)細身の体に黒革のパンツを履き、(インドで仕入れた)ごつい装飾品をジャラジャラいわせていたせいで、「ロッカーですか?」と聞かれることが多かった。

寺田さんからも「オレらより、よっぽどロッカーっぽいよな」といわれていたほどだから、彼らとしても親しみやすかったようだ。

そのうちの一人である鈴木さんから、先日、彼のコンサートに誘われた。藤圭子ならなんとしても行きたいが、ロックとなると、その日は何か用事ができそうな予感がする。

そもそも私はロックコンサートで客席が総立ちになるのが苦手だ。そういって断ろうと考えていたら、先を見越した鈴木さんから「Mセンセイには座ったままでいられる席を用意しました」といわれてしまった。

ロッカーに似つかわしくないキラキラした目でそこまでいわれては、これはもう断れない。あきらめて出かけることにした。

コンサート当日。その日は仕事先から渋谷の会場へ直行する。かなり大きな会場の周辺は、いかにもロック好きそうな若者で混み合っていた。私もいつも通りロッカー風だから、ファッション的には目立たないだろう。つらくなったら途中でこっそり帰らせてもらおう。

ところが約束通りに用意されていた私専用の特別席を見ると、えらく目立つ場所である。こんなに前の席では途中退場するわけにもいかない。開始前から興奮で浮き立つ観客たちに囲まれて、場ちがいな沈んだ気分で腰を下ろす。すると私を待っていたかのように、耳をつんざくギターの音とともにコンサートが始まった。

いきなり熱狂の渦が私の席以外を包み込む。この時点ですでにつらい。始まったばかりだというのに、「もうあと何分だろう・・・」とそんなことばかりが頭に浮かんでくる。

そうやってじっと耐えていると、熱狂がだんだんと静まり始めた。気づくと、私の前にある巨大スピーカーからは何の音も聞こえてこない。今度は会場がざわつき始めた。

「なんだろう」そう思って見上げると、ギターを弾きながら歌っていたはずの鈴木さんに、何か異変が起きたらしい。彼のまわりにはスタッフが集まっている。どうやら手がつって、演奏ができなくなってしまったようだ。その状況を観客は固唾をのんで見守っている。

すると突然、鈴木さんがマイクを握った。そして必死の形相で、「Mセンセイはいますかーッ!お願いしまあああすッ!!」と叫んだのである。

「え? 私!?」

彼の突飛な絶叫に観客がおどろいている。だが呼ばれた私はもっとおどろいた。あわてて楽屋まで行くと、ステージからもどった鈴木さんの手を、スタッフが冷やしているのが見えた。

ロックやヘビメタのミュージシャンは激しい動きが信条だ。特にヘッドバンギング、通称ヘドバンによる頭を振る動きのせいで、首の骨が大きくズレてしまうことが多い。そのズレによって頭痛や吐き気が止まらない人もいるし、手に痛みやしびれなどの症状が出る人もいる。頻度からいっても、これは立派な職業病なのである。

鈴木さんをみると、やはり首の骨が大きくズレていた。彼の体には慣れているので、わりと安心して軽くズレをもどしてみると、すぐに手が動くようになった。彼は骨のおさまりもいいほうだから、これでもう大丈夫だろう。

「ヨシ、これなら」ということで、鈴木さんは勢いよくステージへもどっていった。その後ろ姿を楽屋から見送った私は、この日の役割を果たした気がしたので、そのまま会場をあとにした。

「やっぱり私にロックは向いていない」

そんな言葉をかみしめながら、やっと取り戻した静寂に包まれて家路についたのだった。(つづく)


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