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「逃げるか?」
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「逃げるか?」
うしろにいた渡辺くんに小声でささやくと、彼はだまってうなずいた。同じ気持ちを抱えた私たちは、互いに目配せしてタイミングを見計らう。
「今だッ」
だれにも目を合わせないようにして、ゆっくりとその場を離れると、私たちはそのまま運動場のはずれにある柏の大木を目指した。
この木の裏は、かねてから私のお気に入りの場所だった。ここならだれの目にも止まらない。私たちは追手が来ないのを確かめると、足元をウロウロしているアリを眺めながら時間をつぶした。
そう。あれは私がまだ保育園児だった遠い遠い昔のことである。その日は保育園の予防接種の日だった。園児たちは全員が一か所に集められると、一列に並んで順番に腕に注射を打たれるのだ。私も大人しく列に並んで、腕まくりをして待っていた。
アイウエオ順だから、私と渡辺くんは列の最後尾に立っていた。その分、待ち時間も長い。前のほうではグスグス泣き出している子もいる。それを見ているうちに、次第に恐怖がつのってきた。
屠殺場へ向かう家畜にも似た、絶望と緊張の時間がつづく。お化けなんかより注射のほうがよっぽど怖い私は、この恐怖に耐えられなくなった。そしてとうとう敵前逃亡に及んだのだ。
しばらくの間、木の陰からチラチラ見ていると、やっと予防接種が終わったようだ。先生や医師たちが、教室のある建物へ向かっている。そのうしろについて、園児たちもゾロゾロと教室にもどっていく。私たちは何食わぬ顔をして、その群れの最後尾にまぎれこんだ。
してやったり。結局、私たちが予防接種から逃げたことなんか、だれにも気づかれなかった。計画の成功に私はおおいに満足したが、そんなことが許される何とものん気な時代だったのだ。
だが考えてみると、あれは何の予防接種だったのだろう。昭和30年代だから、まだ麻疹(はしか)のワクチン接種はやっていなかったはずだ。ただのツベルクリン検査だったのかもしれない。
あのころと今とでは、予防接種の種類もだいぶちがう。今なら全員はしかの予防接種を受けるが、当時ははしかなんか、みなそれぞれ勝手にかかるものだった。
やたらと兄弟の数が多かったし、教室にも近所にも、ガキども(≒お子様たち)がウジャウジャとあふれ返っていた。そのなかのだれか一人でも感染したら、一挙に感染が広がって集団免疫が形成される。それが当たり前だったのだ。
ところが今では、少子化の影響もあって自然に感染する機会が減った。そのため、たまに大人になってからはしかにかかる人がいる。大人のはしかは重症化しやすいので、入院治療になってしまうこともある。
1972年以前の生まれの人なら、予防接種なんか受けていない。その世代は、自分に免疫があるかどうかすら知らない人が多いだろう。そういえば、あの杉本さんも、実は40過ぎてからはしかにかかったらしい。
最初は熱が出ただけだった。熱が出たぐらいでは彼女は病院に行かない。「風邪かな」と思って外出を控えていたら、どんどん熱が上がって、しまいには40度近くになった。
杉本さんは38度ぐらいなら平気で動けるらしいが、39度も後半になって、「これはさすがにヤバイかも」と思い始めたころ、皮膚に赤いポツポツが浮かんできた。そこで初めて、「ああ、これははしかだ」と気づいたそうだ。
杉本さんも、大人のはしかが危ないことは知っていた。しかし病院に行ったからといって特効薬があるわけではない。だから彼女は、はしかだとわかった時点で、病院に行くという選択肢を捨てた。
「病院なんかァ重症患者の行くところじゃ。たいていのこたァ寝とりゃぁ治る」
医者である父親から、そういわれて育った杉本さんは、はしかだって寝てれば治るはずだと考えた。高熱でしばらくは食事もとれなかったが、それでも何とか自力で乗り切ったのである。
「病院キライですし、行くとしても、病院や途中の電車とかで、だれかにはしかをうつしちゃうかもしれないじゃないですか。それもイヤだったんですよね」
サバイバー杉本は、そういってニッと笑った。全くもって自然治癒力への信頼が厚い。ちょっと鼻水が垂れたくらいで、病院へかけこむうちの母とはえらいちがいである。
もちろんだれにでも勧められることではないが、もしも私がはしかにかかっても、やっぱり病院には行かないだろう。杉本さんみたいに達観しているわけではない。私は相変わらず、注射が怖いからなのである。(つづく)
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